今の日本人は“情”が欠如している 山折哲雄×安西祐一郎(その2)

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安西:ただ、戦後の教育では、こうした視点がほぼ完全に抜け落ちています。私自身、大学改革にかかわっていますが、大学をそうした方向へ変えるのは容易ならざることです。恐竜を動かすようなものです。ただそうは言っていられません。不遜ですが、私は若い世代に幸せになってもらいたいのです。

山折:まったく同感です。

安西:心からそう思っています。世界が変わっている中で、日本人としてのアイデンティティ、というよりも、本当の意味での教養を持つことが幸せにつながる、幸せになることの根幹なのだということを、若い人に実感として知ってもらいたい。そのためには、やはり体験が大事だと思います。

慶應小学校を新設した理由

山折:そうした観点から、先生が慶應の塾長時代に打ち出されようとした政策はどういうものでしたか。

安西祐一郎(あんざい・ゆういちろう)
日本学術振興会理事長
1946年東京都生まれ。慶應義塾大学大学院工学研究科博士課程修了。カーネギーメロン大学人文社会科学部客員助教授、北海道大学文学部助教授を経て、慶應義塾大学理工学部教授。2001~09年慶應義塾長。2011年より現職。専攻は認知科学、情報科学。

安西:ひとつは、本当の教養人を小さいときから作るために、慶應義塾に小学校を創りました。小学校レベルの教育機関として現在の慶應義塾幼稚舎ができてから、もう130年以上経っています。それ以来、小学校は新設していなかったのですが、慶應義塾横浜初等部を設立し、2013年4月に1年生が入学しました。

私の志としては、これからの時代に日本で育つ人間としての教養を持ち、グローバル化、多極化していく厳しい世界の中でリーダーシップを取り、人のために尽くせる子どもたちを、あらためて育てていくべきだという思いがあります。

もうひとつは、学生や生徒が「自分でこういうことをやりたい、これからこういう人生を歩んでいきたいから、今こういう人に会って、こういう話を聞いてみたい」という思いをサポートする仕組みを作ろうと思いましたが、これは挫折しました。

たとえば、学生や生徒が将来、弁護士になって社会に尽くしていきたいと思っても、弁護士が毎日何をしているかわからない。テレビやドラマを通してしか知らないわけです。ですからたとえば慶応出身の弁護士を紹介して、弁護士事務所を訪れて、仕事を体験してみる取り組みを始めました。学校側で、「弁護士さんに会えますよ」「芸術家に会えますよ」とメニューを立てるのではなく、生徒のほうから「何をやりたい」と言ってくるのを待つやり方にしました。

山折:それは修士課程ですか?

安西:いえ、学部も、高校、中学、小学校まで含めた塾生全部です。私はやっぱり大学生には、「これから何をしたい」という夢と志を、自分から持ってもらいたいと思うのです。指導教員が「君はこれをしたらどうだ」と指導するのとは違う仕組みを作りたかった。でも、なかなかうまくいきませんでしたね。

山折:ゼミ担当の指導教員は反対するでしょうね。

安西:ゼミとは直接の関係はありません。ただ、世の中の仕事の場が現実にはどう動いているのか知るには、ゼミの外に出ないとわからないことが多いのではないかと思います。

これからの時代に本当に幸せに生きていくためには、自分の心と体から湧き出る主体的なエネルギーがどうしても必要だと思いますが、現実には社会で仕事をするとはどういうことか、知らない学生のほうが多い気がしていました。

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