「ちはやふる」のモデルになった人たちの"現在" 「畳の上の格闘技」競技かるたの"醍醐味"

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写真左より末次由紀さん、楠木早紀さん、松川英夫さん(撮影:ちはやふる基金)

――お2人とも自分からというよりは、誰かの影響で始められたんですね。競技かるたにのめり込んでいったのはいつ頃からですか?

楠木:大分県の初心者が集まる大会に出場した際、初めて優勝したんですよ。トロフィーをもらえたことはもちろん、両親や祖父母が喜んでくれたことがすごくうれしくて。そこからトロフィー欲しさにのめり込んでいきました。

末次:最終的に、トロフィーはどれくらい手に入れられましたか?

楠木:今は100個近くあります(笑)。

松川:私は競技かるたの、みんな同じ条件で戦うところにすごく引かれ始めました。最初にそろえる道具で差がつかないでしょう? 競技かるたを始めたばかりのときは、永世名人・正木一郎さんのかるたを取るスピードがあまりに速くて、「この人は名人だから次のヒントを与えてもらえるのだろうか」と思っていたんです。でもそんなことはなく、すべて暗記しているからだったんですよね。

「一緒にかるたをしてくれて、ありがとう」

末次:松川会長が最初に名人になったのは、20代の頃ですか?

松川:始めて名人戦に出場したのが21歳の時です。競技かるたにどんどんのめり込んで、結果的には2年10カ月で名人になりました。そのときは負けるのが不思議だったほど、勝ち進めていけたんですよ。だから、最終的には15回出場した名人戦のうち、9回勝って6回負けましたが、実は勝ったことよりも負けたことのほうがうれしかったですね。

中でも一番敗北したのが、今回の「ちはやふる小倉杯」で審判をしている川瀬健男さんです。彼はかなり研究していたから、読まれた最初の文字を半音で取るのが当たり前で。後輩なのに対戦している最中から、彼に憧れてしまいましてね。私は相手があまりに強いと惚れちゃうんです(笑)。

――対戦相手は倒さなければいけない相手なので、魅力を感じる対象にならない気がしてしまいますが、楠木さんはいかがですか?

楠木:対戦相手を倒したいと思ったことは私もないですね。むしろ、「対戦してくれてありがとう」という感じで。それはやっぱり、幼い頃からずっと1人で練習をしてきたからだと思います。私にとっては“誰かと一緒にかるたを取る=試合”という認識だったんですよ。普段は評価材料がないから、理想を追求するしかない。だから、大会は自分の競技かるたを披露する場であり、自分の力を試せる場。そして、対戦相手は自分に評価を与えてくれる存在なんです。

末次:楠木さんと同じく、『ちはやふる』のメインキャラクターである綿谷新も、幼い頃は1人でかるたをしていました。そんな綿谷が名人戦の挑戦者決定戦で、ライバルであり友達でもある太一と対戦した後に「一緒にかるたをしてくれて、ありがとう」と本音を吐露する場面(205話/40巻収録)があるんですよ。かるたを通じて、「お前に勝ちたい!」と思ってくれる友達がいるって誰もが得られる体験ではないですよね。

楠木:そうなんです。そんな対戦相手が目の前に座って、私が払った札を並べ直してくれるんですよ(笑)だから、いつも「ありがとう」って思っています。

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