「ちはやふる」のモデルになった人たちの"現在" 「畳の上の格闘技」競技かるたの"醍醐味"

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「ちはやふる」で有名になった競技かるた。そのモデルになった人たちの生き方とは?©末次由紀/講談社
2008年に『BE・LOVE』(講談社)で連載が開始し、現在43巻まで刊行されている競技かるたを題材とした人気少女漫画『ちはやふる』。累計発行部数は2500万部を超え、アニメ版や女優の広瀬すずさんが主人公・綾瀬千早を演じた実写映画も話題となった。
物語が佳境を迎える中、今年1月には作者の末次由紀さんによる、競技かるたの発展を目的とした一般社団法人「ちはやふる基金」が設立。その第一歩として、基金が優勝賞金100万円を提供した「ちはやふる小倉山杯」の第1回が、2月23日に嵯峨嵐山文華館で開催された。
これを記念して、末次さんのほか、「全日本かるた協会」で会長を務め、自身も永世名人の称号を持つ松川英夫さん、そして史上最年少で女流かるたのトップ、クイーンの座にのぼりつめ、10年間無敗を記録した永世クイーンの楠木早紀さんを迎えた対談を実施。「畳の上の格闘技」の醍醐味に迫る。

競技かるたとの出会い

――楠木さんと松川会長が、競技かるたを始めたきっかけは何だったのでしょうか?

楠木早紀(以下、楠木):小学生の頃に従兄弟の担任の先生が、地元でかるた教室を開いていて、夏休みに従兄弟のつき添いで行くことになったんですよ。当時かるたといえば、「犬も歩けば棒に当たる」という“いろはかるた”のイメージだったので、「なんでわざわざ夏休みにかるた?」と思いながらついて行きました。

末次由紀(以下、末次):行ってみたら、イメージとまったく違うことが行われていたと(笑)。

楠木:そうなんです。かるたは字ばっかりで、絵がまったくない。しかも、取るのは下の句だから、読まれた札を探しても一向に見つからないじゃないですか。それにびっくりしたのが最初の感想ですね。

松川英夫(以下、松川):私も10代の頃は二輪競技をやっていたんですが、姉の結婚がきっかけでかるたを始めることになりまして。姉は当時、『ちはやふる』の主人公が所属する、かるたクラブのモデルになった府中白妙会で、女性三羽烏の一人として活躍していたんです。それで、私に「道半ばで嫁ぐ自分の後継に」と白羽の矢が立ち、姉から“むすめふさほせ”(一字決まりの札)から教わり始めました。

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