感染者数が多い一部の州でこうした措置がとられていたのに続いて、3月4日には、全国の学校や大学を3月15日まで休校とする発表が政府からあった。何の前触れもなく、突然に。テレビを通して急にそれを知らされた保護者たちは驚いたに違いない。
「パニック買い」も勃発している。薬局からはマスクが姿を消し、スーパーではパスタが品薄状態だそうだ。バーやレストランの営業時間が短縮され、コンサート、試写会、展示会などのキャンセルが相次ぎ、イタリアのプロサッカーリーグ、セリエAの試合は1カ月間無観客で行われる予定だ。
政府関係者は拍手やハグを控えるように呼びかけており、他人と接する際に1メートル以上の距離を保つように、という細かい指示までが出されている。スキンシップを重んじる文化なだけに、それを聞いて誰もが大パニック。こうした中、ストレスもだんだん高まり、アジア人を対象とした差別的エピソードも少なくないという。
ミラノの校長先生が引用した「いいなづけ」
しかし、ネット越しに随時更新されているニュースを見ながら、まさかイタリアがこんな状況とは……と、どうしても実感が持てなかった。もっというと、日本で満員電車に乗って、日々通勤している自分は、一切の違和感も危機感も持たず、いつもどおりの生活を送っていた。近所のスーパーからトイレットペーパーが消えるまでは。
数日前に、空になった棚を眺めながら、得体の知れないウイルスが急に怖くなったのではなく、根拠のないデマに踊らされている人々が、すぐ近くに住んでいることが確実となり、自分のところにもとうとう恐怖が忍び寄ってきたと実感した。
こういうとき、自称古典マニアである私は、やはり文学に安心を求め、古典と呼ばれる作品の力強さに驚かされる。はるか昔に書かれた物語でありながら、非常に現代的な側面を今も持ち続けているからだ。いい意味でも悪い意味でも変わらない人間の本質を正確についており、月日を経て語り継がれている言葉たちは、心の奥深くに響く。
同じようなことを思ったのか、休校が決まった際に、ミラノのとある高校の校長が、イタリアの文豪アレッサンドロ・マンゾーニが生み出した傑作『いいなづけ』を今でこそ読んでほしい、という学生向けのメッセージを学校の掲示板に掲載した。そして、その秀逸な手紙はSNSで拡散されてバズり、いろいろな言語に翻訳までされ、今もすごい勢いでシェアされているらしい。
1827年に出版された『いいなづけ』は、結婚を誓った2人がさまざまな妨げにあい、離れ離れになるが、最後はめでたく結婚する、というストーリーだ。イタリアの学生は、3年かけて『神曲』をやっと読み終わろうとしているときに、今度はマンゾーニのこの超大作を読まされる。まさに“悪夢”のような作品だ。
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