エネイブルがいるから簡単ではないことはわかっていたが、他の馬にさえあまりにも差をつけられたことは関係者にとっても我々にとってもショックだった。キセキもルーラーシップ産駒で国内ではパワータイプと見られていた。3頭はいずれも馬場にスタミナを奪われて最後に失速した。そのことは重い事実である。
それでも、敗因はそれだけではないはずだ。スピードシンボリが初めて凱旋門賞に挑んだ1969年からちょうど50年。実に半世紀が過ぎた。今年の3頭を含めて過去に挑んだのべ26頭の成績は4回の2着が最高で、あとは4着以下が22回。この22回の中にはあの2006年のディープインパクトの3位入線からの失格も含まれる。ディープインパクトまで含めれば好走馬はやはり国内では文句なしの王者だった。
1999年に日本馬として初めて2着になったエルコンドルパサーは国内では3歳でジャパンCを制していた。4歳になって欧州に長期滞在しGⅠサンクルー大賞を制するなど大きな成果を上げ、凱旋門賞では道悪で果敢に逃げてモンジューとのマッチレースで惜敗した。日本馬の中で最も欧州で確かな足跡を残した馬だろう。
日本の最強馬が凱旋門賞に挑むことは必須
当時5冠を制していたディープインパクトは日本競馬界の期待を一身に背負って参戦したが3位入線に終わった。2010年のナカヤマフェスタは前年のダービー4着馬で宝塚記念を制し、フォワ賞2着から本番でも2着に好走した。ワークフォースに着差は頭差で頂点に最も迫った。2012年と2013年はオルフェーヴルが2年続けて2着。2011年の3冠馬は1回目の2着が直線抜け出してから大きく内ラチ沿いにもたれて完全な勝ちパターンから頂点を逃し、2回目は歴史的名牝トレヴに敗れた。
ナカヤマフェスタこそ国内ではGⅠ1勝だったが、エルコンドルパサー、ディープインパクト、オルフェーヴルはチャンピオンホースだった。今年の凱旋門賞の欧州勢はエネイブルを筆頭に例年以上にハイレベル。日本から挑んだ3頭はチャンピオンではなかった。
ニューマーケットで取材にあたっていた記者に「アーモンドアイ(牝4、美浦・国枝)はどうしているんだ?」と逆に質問があったという。国内で無敵の強さを誇るような馬が挑戦しなければ過去も好勝負はできなかった。
そのレベルの馬でさらに馬場適性も兼ね備えるような状況でなければ頂点には立てない。欧州の超A級の強さを今年ほど痛感した年はなかった。やはり最強馬が挑んでこその舞台ではないだろうか。そのことが前提であるように筆者は感じた。
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