10年ぶりのドイツ景気後退と緊縮主義の終わり 欧州の「今」はどうなっているのか

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こうした超低水準の国債金利を出発点としてECBが「量」の路線に舵を切るということは、歴史的高値圏にある国債を積極的に買い進めるという判断にほかならない。出資金比率に準拠した購入をすれば、先進国で最も深いマイナス金利に陥っているドイツ国債の量が最も多額にのぼるはずだ。

昨年末にAPPを停止している分、ECBが「量」に訴えかける余地はまだ残されているようにも見えるが、上述の通り、マイナス利回りの国債を大量に抱えるという政策判断は中央銀行として苦渋の選択だろう。APP2を決定するにしても、相応の障害があるというのが現実と見受けられる。

日銀を例に取れば、2016年1月、日銀は「量」の限界を認識し、「金利」の道へ回帰した。その結果導入されたのがマイナス金利だったわけだが、同年9月には金融システムへの影響などを念頭にその追求は難しいとの判断に至り、10年金利をゼロ%程度にとどめおくYCCが導入された。要するに、「量」も「金利」も限界が近づいた際、「金利を意図した水準に固定する」という着想に至り、それがYCCとして結実したのである。

それは前後左右どこにも動けなくなったので、「動かなくする」しか選択肢がなくなったとも読める。ECBに目を戻せば、「量」にも「金利」にも余地がなくなりつつあり、やはり「動かなくする」という政策が俎上に上りやすいだろう。

ラガルド新総裁への置き土産

しかし、そうしたECB版YCCを検討する場合に、「どの国の金利を対象とするか」という問題点がある。「域内、皆の中央銀行」であるECBが特定国の金利をターゲットするわけにはいかない。そこで金利の「水準」がダメならば「方向感」という発想はある。

すでに日銀のYCCでも目標値(ゼロ%程度)から±20bpsというレンジを設けているが、これに倣うようなイメージで「加盟国の10年金利に対して現在(例えばAPP2を決定した政策理事会の日)から±20bpsに限定する」などの発想はあり得る。出発点となる「水準」がバラバラになっている以上、基準日からの可動域を設定するくらいしか足並みを揃えられまい。

これはECBの残されたナローパスの1つと思われるが、枠組みのでき具合は各国中銀の市場調節に委ねられる。言い方を変えれば「ECBに委譲された裁量の再委譲」という面もはらむため、ECBとしてはそれなりに重い判断になるようにも思える。いずれにせよ「APP2 & ECB版YCC」には技術的な創意工夫が必要になることが確実であり、内部の専門委員会への作業指示を経て決定という流れを踏むことになるだろう。ラガルド新体制における見どころの1つである。

※本記事は筆者の個人的見解であり、所属組織とは無関係です

唐鎌 大輔 みずほ銀行 チーフマーケット・エコノミスト

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からかま・だいすけ / Daisuke Karakama

2004年慶応義塾大学卒業後、日本貿易振興機構(JETRO)入構。日本経済研究センターを経て欧州委員会経済金融総局(ベルギー)に出向し、「EU経済見通し」の作成やユーロ導入10周年記念論文の執筆などに携わった。2008年10月から、みずほコーポレート銀行(現・みずほ銀行)で為替市場を中心とする経済・金融分析を担当。著書に『欧州リスク―日本化・円化・日銀化』(2014年、東洋経済新報社)、『ECB 欧州中央銀行:組織、戦略から銀行監督まで』(2017年、東洋経済新報社)。

※東洋経済オンラインのコラムはあくまでも筆者の見解であり、所属組織とは無関係です。

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