駒場公園に建つ90年前の「華族の邸宅」を探訪 目黒区の旧前田家本邸を360度カメラで撮影

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2階にある侯爵の書斎(編集部撮影)

2階の侯爵の書斎ではその金唐皮紙の壁面やじゅうたんが復元され、室内の家具調度や本棚の書籍も往事のように設えられている。侯爵夫妻の寝室にはベッドが並べて置かれていてまったくの西洋式だが、その枕元の小さな棚には前田家当主の守り刀が備えられているのには武家ならではの伝統を感じる。室内の家具の多くはロンドンの高級家具店・ハンプトンズ社に特注しイギリスから船便で運ばれてきたもの。

寝室の隣はかつて侯爵夫人のクローゼットルームだったそうだが、さぞかし豪華なドレスや加賀友禅の着物などで満たされていたことだろう。フランス・パリの宝飾店・ショーメの日本国内でのいちばんの上客は前田侯爵夫人だったそうだが、それらの宝石は軍人である前田侯爵が戦時に供出し、失われている。

賓客の接遇の場にもなった

これ以外にも館内の家具やカーテン、じゅうたん、照明などは、前田家で使用されていたものや保管されていたもの、写真をもとに復元されたものが数多く見られる。こんな豪華な邸宅だが、前田家が以前に住んでいた本郷の邸宅はこれよりも規模が大きかったため、もっとこぢんまりした家をということでこの館が建設されたのだとか。

当時数少なかった西洋的なもてなしのできる本格的な洋館だったため、各国の駐日大使や来日した賓客の接遇の場としても使われた。

イギリスに長く滞在し、彼の地の貴族の本物のカントリーハウスがどのようなものであるかも知っていた前田利為が実現した館だが、彼がこの館に住んだのはほんの10年ほど。1941(昭和16)年の日米開戦の翌年、ボルネオ守備軍司令官として戦地に赴き、搭乗していた飛行機が墜落し58歳で没している。

旧前田家本邸のある駒場公園に隣接しては、前田家伝来の文化財を後世に伝えるための財団である尊経閣文庫の建物があり、こちらも本邸の洋館とともに国の重要文化財に指定されている。

また、洋館に隣接した和館や和風庭園も見応えがある。都立駒場公園として、かつての前田家東京本邸全体が残っていることが貴重なのだ。昭和初期に実現された英国風カントリーハウスと加賀百万石の威光は今もここで感じ取ることができる。

鈴木 伸子 文筆家

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すずき のぶこ / Nobuko Suzuki

1964年生まれ。東京女子大学卒業後、都市出版『東京人』編集室に勤務。1997年より副編集長。2010年退社。現在は都市、建築、鉄道、町歩き、食べ歩きをテーマに執筆・編集活動を行う。著書に『中央線をゆく、大人の町歩き: 鉄道、地形、歴史、食』『地下鉄で「昭和」の街をゆく 大人の東京散歩』(ともに河出書房新社)『シブいビル 高度成長期生まれ・東京のビルガイド』(リトル・モア)などがある。

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