「江戸無血開城」は世界的に見て奇跡である

歴史に学ぶ時代を生き抜く知恵

出口治明氏と冲方丁氏は、「江戸無血開城」をどう見ているでしょうか?(写真:ホンゴユウジ)
『天地明察』『光圀伝』『はなとゆめ』などの代表作がある作家の冲方丁氏。5年ぶりの歴史長編となる『麒麟児』は、「江戸無血開城」を成し遂げた勝海舟と西郷隆盛を濃密に描いた作品だ。世界史の中にある日本史のダイナミズム。歴史に造詣が深いことで知られる立命館アジア太平洋大学(APU)学長の出口治明氏と冲方氏に語り合ってもらった。

「暦」をめぐる世界史のドラマ

出口治明(以下、出口):僕が初めて読んだ冲方さんの作品は『天地明察』でした。興味深い内容で、とても楽しんで拝読しました。

冲方丁(以下、沖方):ありがとうございます。

出口:あの話は江戸時代の天文暦学者・渋川春海が、最初の和暦、つまり中国と日本の経度差を加味したオリジナルの暦である「貞享暦」を編纂するまでのお話でしたが、その貞享暦のベースになっているのは中国の授時暦ですよね。

冲方:はい、そうです。

出口:僕は、昔から授時暦の来歴に強い関心を持っていました。授時暦が中国で成立したのは13世紀のことですが、背景には大元ウルスによる征西がありました。モンゴル軍が第1回の大西征軍をヨーロッパに向けて送り出した際、チンギス・カアンの孫たち、つまり第3世代のプリンスたちはみな長征軍に配属されました。そして、その中で一際賢かったモンケが、モンゴルからキエフまで行く途中に時差の存在に気づいたのです。

冲方:なるほど。

出口:この時差が大問題になりました。なぜなら、当時のモンゴルは大事なことは占いで決めていたからです。占い師は「朝の8時に全軍進撃せよ」と言う。だが、その8時とは一体どこの8時なんだ、とモンケは考えたわけです。占い師の言う8時と現地の8時は、実際には違う時間帯であろう、と。

冲方:大変鋭い人物ですね。

次ページぜひ暦を作りたい。最高の学者を連れて帰れ
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