「江戸無血開城」は世界的に見て奇跡である 歴史に学ぶ時代を生き抜く知恵
「暦」をめぐる世界史のドラマ
出口治明(以下、出口):僕が初めて読んだ冲方さんの作品は『天地明察』でした。興味深い内容で、とても楽しんで拝読しました。
冲方丁(以下、沖方):ありがとうございます。
出口:あの話は江戸時代の天文暦学者・渋川春海が、最初の和暦、つまり中国と日本の経度差を加味したオリジナルの暦である「貞享暦」を編纂するまでのお話でしたが、その貞享暦のベースになっているのは中国の授時暦ですよね。
冲方:はい、そうです。
出口:僕は、昔から授時暦の来歴に強い関心を持っていました。授時暦が中国で成立したのは13世紀のことですが、背景には大元ウルスによる征西がありました。モンゴル軍が第1回の大西征軍をヨーロッパに向けて送り出した際、チンギス・カアンの孫たち、つまり第3世代のプリンスたちはみな長征軍に配属されました。そして、その中で一際賢かったモンケが、モンゴルからキエフまで行く途中に時差の存在に気づいたのです。
冲方:なるほど。
出口:この時差が大問題になりました。なぜなら、当時のモンゴルは大事なことは占いで決めていたからです。占い師は「朝の8時に全軍進撃せよ」と言う。だが、その8時とは一体どこの8時なんだ、とモンケは考えたわけです。占い師の言う8時と現地の8時は、実際には違う時間帯であろう、と。
冲方:大変鋭い人物ですね。