清く美しい「テッペンを目指さない」生き方

沢木耕太郎「美しい人生」より

「ふもとの楽しみ」とは(写真:GILBUT/ロイター)
沢木耕太郎、と聞いて真っ先に思い浮かぶ言葉は「旅」という人は少なくないのではないか。1986年に発売された旅行記『深夜特急』(最終巻は1992年発売)は、1980~1990年代の若者、とりわけ、バックパッカーから絶大な支持を受け、その後の旅の仕方にも大きな影響を与えた。
その沢木氏の25年分の全エッセイを掲載した『銀河を渡る』が9月27日に刊行された。『深夜特急』や『一瞬の夏』などヒット作の創作秘話や後日談、美空ひばりや檀一雄との思い出話も収録されている。日本を、世界を移動しながら、自身も40~70代へと旅していく沢木氏の好奇心はとどまるところを知らない。今回はその中から、2013年9月の「美しい人生」を掲載する。

僕はつねに兄貴風を吹かしてきた

弔辞、ということでしたが、僕にはそのような立派なものを述べることはできません。それには僕と内藤利朗との関係が不思議なものだったから、ということもあります。

彼が、幼い頃、僕の住んでいた町に引っ越してきて以来、50年以上も付き合ってきましたが、その関係は、友人同士というのとは少し違っていたような気がします。もとより血縁関係はないのですが、彼より3つ齢上だったということもあり、僕はつねに兄貴風を吹かしてきました。小さい頃は、勉強を教えるだけでなく、覚えなくてもいいカードゲームを教え込んで熱中させたり、あちこちよからぬところに連れ回したりしていました。

やがて僕が大学を卒業してフリーのライターになると、彼も日大芸術学部の写真学科に進んでカメラマンを目指すようになりました。父親の英治さんが写真家の秋山庄太郎さんと知り合いだった関係から、大学卒業後はその助手となり、やがて独立してフリーのカメラマンになりました。

そうすると、僕はさらに兄貴風を吹かせ、あれこれと仕事上の頼み事をするようになりました。利朗が比較的早く運転を覚え、車を持ったところから、体のいい運転手としてこきつかったりもしました。

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