日本代表に「南ア世代」が残した未来への遺産

代表引退の長谷部、最後のW杯となった本田…

ベルギー戦を終え、呆然と立ち尽くす長谷部(中央)と本田(右)。今大会は吉田麻也(左)の守備も光った(写真:長田洋平/アフロスポーツ)

残り数秒というところで、本田圭佑(メキシコ=パチューカ)の左CKを起点にベルギーが電光石火のカウンターを繰り出し、ナセル・シャドリ(イングランド=ウエストブロミッチ)の3点目が入った。その瞬間、日本の選手の何人かがピッチに倒れ込んだ。

直後に無情のタイムアップの笛がロストフ・アリーナに響き渡った。

背番号10・香川真司(ドイツ=ボルシア・ドルトムント)が座り込み、殊勲の2点目を叩き出した乾貴士(スペイン=ベティス)が両手で顔を覆い、相手エースFWロメル・ルカク(イングランド=マンチェスター・ユナイテッド)封じに奮闘した昌子源(鹿島アントラーズ)も右手で芝生を叩きつけて悔しがる……。

日本が史上初の8強を狙った7月2日(日本時間3日早朝)の2018年ロシアワールドカップラウンド16の大一番は、予期せぬ形で終焉を迎えることになった。

本田は最後のW杯、長谷部は日本代表から退く

2-3という本当に悔しい逆転負けを喫した直後、本田が4年後のカタールワールドカップを目指さないことを明言。代表引退を示唆する発言をした。

翌日にはキャプテン・長谷部誠(ドイツ=フランクフルト)も代表から退くことを正式発表した。

川島永嗣(フランス=メス)、岡崎慎司(イングランド=レスター)、長友佑都(トルコ=ガラタサライ)は「自分が力になれるなら、今後も代表に関わりたい」という意向を示してはいるものの、2010年南アフリカワールドカップから始まった彼らの1つの時代が終わりを告げたのは紛れもない事実だろう。

彼ら「南ア世代」の多くが日本代表で主要な地位を築いたのは、岡田武史監督(JFL・FC今治代表)が2度目の代表指揮官に就任した2008年以降だ。

指揮官は、2008年5月のコートジボワール戦(豊田スタジアム)でドイツに渡ったばかりの24歳の長谷部をボランチに指名。明治大学からFC東京入りした長友も左サイドバックで先発させ、当時19歳だった香川も途中出場させた。

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