日本人はナイキの躍進から何を学ぶべきか?

創業者フィル・ナイト氏への直撃取材を敢行

なぜ、最初に日本を目指したのか、という問いにはこう答えてくれた。

「大学の論文で、『日本のカメラがドイツのカメラを打ち負かせるのなら、日本のアスレチックシューズだって、ドイツのアディダスやプーマを打ち負かせられるはずだ』ということを書いていた。そして見つけたのが、オニツカ。オニツカには飛び込みで行った。彼らは、私が世間知らずだと思っていたようだけど、私がシューズに詳しいことがわかって、本気のディカッションになったんだよ」

「大学を出たばかりの私には、人生で何をしたいのか、まだはっきりしなかった。でも、アスレチックシューズを売ってまともな暮らしができるなら、それが理想だと確信していた。だから、そのビジネスを、自分や家族を支えられるところまで発展させたかったんだ」

気になっていた「起業の原動力」は、とても純粋なものだった。冒頭に書いた「熱」を私が最初に感じたのも、この起業初期の頃についてだ。

支援に乗り出した日商岩井について、ナイト氏は「もちろん、彼らがいたから私たちのビジネスはうまく行ったが、いずれにせよ日商岩井はアグレッシブだった」と答えた。だが、皇氏をインタビューしたときには、正直、“オラオラ感”のようなものは感じなかった。彼がすでに引退していることもあるかもしれないが、当時を回想してもらっている時も含めてそうだった。今考えると、ナイト氏の言う“アグレッシブさ”とは、当時の日本のビジネスパーソンが“普通に”持っていたものかもしれないと思った。

ウッデル氏とジョンソン氏の言葉

ナイト氏のインタビュー実現に合わせ、私たち取材陣は、著書に出てくる創業当時からのメンバーのボブ・ウッデル氏、また「ナイキ」という名前を考えたジェフ・ジョンソン氏、それに日商岩井ポートランド支店で経理を担当していた“アイスマン・イトー”こと、伊藤忠幸氏にそれぞれインタビューすることができた。ウッデル氏やジョンソン氏には、ナイト氏が事前に電話をしてくれるという“特約付き”のインタビューだった。

創業当時からのメンバー、ウッデル氏(写真:NHK)
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