女性上司が女性に行う理不尽パワハラの恐怖 パワハラとして訴えたが「事実無根」とされた

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「……あのー、実は……今、不妊治療をしているんです。結婚したら、やっぱり主人のためにも子どもは産みたいなあ……いえ、それ以上に私自身が、女に生まれたからにはどうしても出産を経験したいと……あっ、すみません」

「どうして謝るんですか。(結婚も出産も経験していない)私のことはどうか気にしないで、話を進めてくださいね」

「雑誌やネットなどからある程度の情報は入っていましたが、不妊治療はとても苦しいこと、なん、です……」

つらさを懸命にこらえて話してくれていたが、言葉に詰まる。

「それでも、苦しくても、ご主人と力を合わせて頑張っていらっしゃるんですね。とてもすばらしいことだと思いますよ」

「それで……実は、仕事は2か月余り後に辞めることになりまして……つい先日、上司に話して了解してもらったところなんです。不妊治療も年齢的に最後のチャンスになりますし、一般職というても、やっぱり続けていくのは難しくて……」

いつも取材前に描くことにしている、複数の仮説の中に、「退職」はまったく含めていなかった。取材の最終盤で、大きな軌道修正を迫られることはそうはない。取材者として、安川さんのそれまでの話しぶりや表情から、そこまで読み取れていなかったことが悔しかった。

今回の取材の途中でたびたび彼女が見せた、弾けるような笑顔は、単に仕事や私生活がハッピーなためだけではなく、さまざまな選択を迫られてその都度思い煩いながらも、自らが最善であると自信を持てる道にようやくたどり着くことができたことを誇る、女性のプライドの表れだったのではないだろうか。

安川さんにとっての仕事の存在

安川さんにとって、仕事はどんな存在だったのか。どうしても聞いておきたかった。

「女性は男性と違って、私生活の変化、結婚や出産が仕事に影響を与えるのだと今、改めて実感しています。前の会社で管理職を目指していた時には、結婚なんてしなくていい、とさえ思っていました。実際にわずかに管理職に就いていた女性はみんな独身でしたし……。当時の私やったら、子どもを産むために会社を辞めるなんて考えられなかった。仕事で能力を高め、小さなことでも地道に実績を積んでいくことはすばらしいことです。

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そう実感できたのは、男性と肩を並べて働いた総合職ではなく、女性用の職種ともいえる一般職でした。ただ、それ以上に重要な幸せを感じさせてくれるものがあることを知って……結婚が、私の仕事観を大きく変えたんです。ただ……ひとつだけ、最後に言っておきたいことは……」

「何ですか? 何でも構いませんから、言ってくださいね」

「そもそも女性が、仕事と家庭の両方をいずれも100%の力を出し切って頑張る、というのは無理なんやないでしょうか。こんなことを言うと、今の社会で主流になっている考え方や動きに逆らうようで、非難されそうですけど……」

仕事で苦難を経験し、自らが選んだ新たな道に向かって今、踏み出そうとしている安川さんが訴えた言葉が、心の奥に響いた。

※本文中の仮名での事例紹介部分については、プライバシー保護のため、一部、表現に配慮しました。

奥田 祥子 近畿大学教授、ジャーナリスト

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おくだ しょうこ / Shoko Okuda

京都市生まれ。元読売新聞記者。博士(政策・メディア)。1994年、アメリカ・ニューヨーク大学文理大学院修士課程修了後、新聞社入社。慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科博士課程単位取得退学。専門は労働・福祉政策、ジェンダー論、メディア論。2000年代初頭から社会問題として俎上に載りにくい男性の生きづらさを追い、対象者一人ひとりに継続的なインタビューを行い、取材者総数は500人を超える。2007年に刊行した『男はつらいらしい』(新潮社、文庫版・講談社)がベストセラーに。主な著書に、『男性漂流 男たちは何におびえているか』(講談社)、『「女性活躍」に翻弄される人びと』(光文社)、『夫婦幻想』(筑摩書房)などがある。

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