20〜30代女性に「異色スープ本」がウケる必然 包丁や出しを使わないものも

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使う素材や作る手順がシンプルなことが、かえってアレンジを誘うことも、読者の「達成感」につながっているようだ。たとえば、ディルをトッピングした「鮭とコーンのクリームスープ」を「ディルはなかったので、ホウレン草を入れました」という人や、「サラダチキンでアスパラをおいしく食べるスープ」に、「うちにキノコがあったので、キノコも入れました」といったコメントも多いという。

「目玉焼きオンザトマトのごはんスープ」。具材が少ないため、自分なりのアレンジがしやすい(写真:有賀氏提供)

達成感を得られる、というのは実は、料理を苦手だと感じている人が少なくない20~30代には大事なポイントだ。現在の20~30代は、専業主婦に育てられた人が多いが、塾や習い事で忙しく、料理を作る現場を見る機会が少なかったためか、料理をする技術が身に付いていない、と悩んでいる人がそれなりにいる。そうした人にとって、味も見た目も栄養面も「ちゃんとしている」スープが作れた、という実感はその後の自信につながる。

スープだからこそ成り立つ「簡単×ちゃんと」

今、世の中にはレシピ本がたくさんあり、料理を学べる環境は整っているように見える。しかし、料理が好きで得意な人たちが作ったレシピ本は、「基礎の水準」を高めに見積もる傾向がある。長いレシピも多い材料も、「難しそう」「めんどくさい」と思われがち。簡単さを打ち出すレシピ本もたくさんあるが、手抜き料理は罪悪感を伴う。レシピ本が売れなくなったと言われるが、それはもしかすると読者のニーズとズレた本が多いからかもしれない。

有賀氏のレシピは栄養のバランスが良さそうなのに簡単で、作って食べる達成感がある。そういうレシピが出せるのは、スープだからとも言える。具材を入れて煮れば成立するスープは、最も単純な料理の1つで、少なくとも紀元前2000年にはエジプト、中国、メソポタミアで作られていたことがわかっている。

炒める、焼く、蒸すといった料理は、食材に火を通すタイミングや火加減を覚えなければおいしくできない。サラダなどの和え物は、素材の下処理に手間がかかり、手を抜くと味もおざなりになりやすい。しかし、スープは鍋をのぞきながら火加減や加熱時間を調節できるし、うっかり煮込み過ぎて具材が柔らかくなり過ぎても、それはそれで食べられる。味見もしやすいので、完成形を予想しやすい。

肉や魚と野菜を入れて煮れば、主菜になる。ご飯や麺類、パンなどを入れればスープだけで食事ができる。古今東西、庶民がそういう食事をしてきた歴史を考えれば、食べるスープの流行は、原点回帰の現象と言えるかもしれない。

阿古 真理 作家・生活史研究家

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あこ まり / Mari Aco

1968年兵庫県生まれ。神戸女学院大学文学部卒業。女性の生き方や家族、食、暮らしをテーマに、ルポを執筆。著書に『『平成・令和 食ブーム総ざらい』(集英社インターナショナル)』『日本外食全史』(亜紀書房)『料理に対する「ねばならない」を捨てたら、うつの自分を受け入れられた』(幻冬舎)など。

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