注意!トランプは結束を呼びかけてはいない 就任演説の正しい読み方

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トランプは、人々の心を扇動する天才的なコミュニケ―ターだ。聞き手の怒りや不安に火をつけ、恐怖心をあおり、プライドをくすぐる。強い口調と、大げさなジェスチャーで力を演出し、場を盛り上げる術を知っている。しかし、彼の力が最も発揮されるのは、台本のないフリートークのときだ。大きな声を出し、あおって、一定の支持者層を興奮させる術は知っていても、あらかじめ決められた原稿を基に、幅広い層の国民にインスピレーションを与え、鼓舞し、勇気づけるといったプレゼンはあまり経験がないのだろう。

今回、特徴的だったのは、同じトーン、同じリズムで力に任せて叫び続けるスタイルで、「緩急」がまったくなかったことだ。

オバマの演説を見ると、その差は歴然だが、声の大きさやスピードを意図的に変えたり、場面によって、トーンを変えたり、とメリハリをつけている。時に戒め、時に鼓舞し、時に檄をとばすといったように次々と場面を転換することで、聴衆は時に厳粛な気持ちに、時に楽観的に、といったように、舞台を見せられているように惹きつけられる。

ドラマチックにストーリーを展開し、心を揺さぶるシェークスピア劇の主役がオバマだとすれば、トランプは終始、アジり続け、熱狂させるプロレスの主役のような感じだ。だから、プロンプターになり、自由を奪われた途端に、変化球が投げられず、ワンパターンになって、面白味が薄れてしまう。

威圧感のあるジェスチャーを連発

字数としては1450字、ジミー・カーター以来、最も少なく、オバマ氏の最初の就任演説時の2395字よりはるかにコンパクト。ゆっくりと一本調子で話しているため、聞き取りやすい点も特徴だ。歴代の大統領が駆使したレトリック(対句、対比、繰り返し、韻)などにこだわることもなく、ひたすら平易な言葉で、直球勝負で支持者の心をわしづかみにする。国内の分裂を招き、国際社会との軋轢を生むことになっても、徹底的に支持者目線を貫くのは、そこが彼自身の生命線であることをよくわかっているからだろう。

トランプ流ジェスチャーも健在だった。歴代の就任演説を見ると、ジェスチャーは比較的抑えめだ。基本は両手を下ろし、強調したい場面だけジェスチャーが入る形だが、トランプの場合、序盤に固さがほぐれた後は、いつものとおりの大きく威圧感のあるジェスチャーを連発。ほとんど手が下りることはなかった。

表情も険しく、笑顔はなく、幸福感や安心感を醸成するというよりは、怒りや恐怖を喚起するかのような印象を与えた。演説の後にはこぶしを振り上げ、聴衆の歓声に応える場面もあり、終始、「戦闘的」な姿を演出し続けた。

今回の就任演説でわかったのは、結局、トランプはトランプであり続けるということだ。「敵」と見なす相手とは徹底的に戦い、毒を吐き続ける。これからもツイッター砲で、絨毯爆撃を続けるし、いつ日本にその火の玉が飛んでくるかもわからない。甘い期待は捨て、「見渡せば猛獣ばかり」という世界の現実を受け止めるしかないということだ。

岡本 純子 コミュニケーション戦略研究家・コミュ力伝道師

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おかもと じゅんこ / Junko Okamoto

「伝説の家庭教師」と呼ばれるエグゼクティブ・スピーチコーチ&コミュニケーション・ストラテジスト。株式会社グローコム代表取締役社長。早稲田大学政経学部卒業。英ケンブリッジ大学国際関係学修士。米MIT比較メディア学元客員研究員。日本を代表する大企業や外資系のリーダー、官僚・政治家など、「トップエリートを対象としたプレゼン・スピーチ等のプライベートコーチング」に携わる。その「劇的な話し方の改善ぶり」と実績から「伝説の家庭教師」と呼ばれる。2022年、次世代リーダーのコミュ力養成を目的とした「世界最高の話し方の学校」を開校。その飛躍的な効果が話題を呼び、早くも「行列のできる学校」となっている。

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