ここで2つ論点がある。
インフレになれば、企業のイノベーションが起こるのか。正確に言えば、デフレーションは企業のイノベーションを妨げるのか。前者は明らかな間違いであるが、後者の問題が存在するというのが渡辺教授の主張である。しかし、私は、それは誤りだと考える。
デフレとイノベーションは無関係
なぜなら、経済全体が平均的な価格停滞に覆われていても、イノベーションは次々に起きているからである。任天堂のポケモンGOはデフレとは無関係であるし、アマゾンの隆盛はむしろデフレ的な世界であるから起きていることであり、またアップルはイノベーションを実現し、価格支配力も高いが、しかし、投資に対しては極めて慎重で、財務リスクはほとんど取っていない。ユニクロ(ファーストリテイリング)のイノベーションについてはいまさら言うまでもない。
さらに、「ほとんどのイノベーションは、既存企業からは起きない」という現実を踏まえれば、既存の企業がノルムに縛られている状態こそ、イノベーションのチャンスなのである。消費者が潜在的に革新を求めているのであれば、既存の消費者の表面的なニーズに囚われている既存企業を打破するチャンスが新興企業に訪れるのである。まさに、クリステンセン(経営学者)の言うイノベーションのジレンマの状況であり、これこそが典型的なイノベーションの構造なのである。したがって、デフレとイノベーションは無関係である。
第2に、企業が価格支配力を高めれば、イノベーションを起こして、高くても良い製品を作ろうとするのであろうか。その割合は極めて低い。価格支配力が高くなれば、良い製品でなくても高い価格を付けられる。
アップルも価格支配力が高まりすぎて、イノベーションを起こさずに価格だけ高く維持をした結果、利益は増大し続けてきたが、イノベーションは止まった。渡辺教授も価格支配力が高すぎるのは良くない、1970年代のインフレは企業がコスト削減に無頓着になった結果だと述べているが、それ以上にイノベーションを阻害するのである。
この2つの点の議論から、企業が価格支配力を持ち、適度なインフレである方がイノベーションが起こりやすいということはなく、むしろイノベーションを阻害する、というのが私の考えである。これは渡辺教授と正反対である。
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