もちろん、どちらの考え方もあり得る。だからこそ重要なのは、どちらの考えもあり得るにもかかわらず、イノベーションを起こすために、中央銀行が無理矢理、非伝統的な政策をとり、金融市場におけるリスクを極端に増大させてまで金融緩和を拡大し続ける必要があるのか、ということである。
日本が間違っているのではなく、他国が間違っている
なぜ、現状のノルムが経済にマイナスと判断できるのか。デフレに陥ったのは日本だけで国債の金利低下は日本だけかと思いきや、これは世界的な現象であり、日本はむしろ課題先進国と言われるように、より新しい現実を先に捉えに行っているのではないか。
これこそが新しい現実で、不都合な現実を受け入れたくないためだけに、無理な金融政策を行うのは誤りではないか。この20年がおかしかった、というよりも、この20年の現実は真実であり、この新しい現実を踏まえて金融政策は行うべきではないか。
そして、どちらが正しいか判断できないならば、金融緩和は十分に行っているのであるから、インフレ率が2%ではなく、0%から1%であるためだけに、たかだか1%インフレ率を上げるためだけに、大きなリスクを払って賭けに出る理由はないのではないか。
日本だけがインフレ率2%の目標を下げてしまうと、日本だけ円高になってしまうと渡辺教授は言う。だが、それは他の国の2%の目標が間違っているからである。もちろん、金融市場というのは間違っている多数派に合わせなければいけない、という事実はあるかもしれない。だが、欧米も2%が達成できず、近い将来1%に下げるべきときがくるのではないか。
これは、まさに、サマーズ・ハーバード教授と、ゴードン教授の「セキュラースタグネーション論争」である。つまり、永続的な成長率の低下が米国をはじめ世界経済を覆うようになっているが、この理由が需要不足であり、いまこそ需要増大政策を取らなければならないというのがサマーズ教授の主張だ。一方、ゴードン教授は世界的な生産性革命の時代が終わり、生産性上昇が望めない中、受け入れざるを得ない現実だとする。いずれが正しいのか、この論争とも繋がるのである。
日本経済新聞の翌日7月26日付の経済教室は、奇しくも日本銀行の元理事の早川英男氏が「物価はなぜ上がらないのか」について、金融政策の問題ではないという意見を述べている。彼は、供給サイドに問題があると考え、その点でサマーズ教授の議論には反対であり、供給力を上げることが必要だと主張している。
奇しくも、早川氏、渡辺教授、筆者は、大学で同じゼミに属し、指導教官を共有し、また、私が就職活動で日銀に行ったときの1番目、2番目の面接担当者だった。今後、さらに論争を続けて、本質的な経済政策論争を発展させていきたいと思う。今日は、その第一弾、私の宣戦布告であり、それは渡辺教授に対するものではなく、売名行為的な政策論争、日本経済を傷める政策論争に対する戦いである。
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