日本の「経営」と「教育」を再構想せよ

高齢化社会のグランドデザイン(上)

ゆとり教育は1980年頃に始まりましたが、まさにその頃、米国はゆとり教育をやめたのです。ベトナム戦争の後遺症でヒッピームーブメントが生まれ、ゆとり教育が始まりましたが、1970年代後半から米国の国際競争力は目に見えて低下しました。1981年に大統領に就任したロナルド・レーガンが米国の国力を復活させるために真っ先に手をつけたのが、ゆとり教育の撤廃だったのです。

米国の社会実験によって、ゆとり教育を導入すると国力、国際競争力が落ちることがわかっていたのに、日本の文部省(当時)は延々20年近くゆとり教育を続けました。今ようやくゆとり教育の見直しが始まりましたが、人間、一度怠惰の味を覚えてしまうとなかなかもとには戻りません。これを何とかしないと、日本の再浮揚は難しい。

和田:私もゆとり教育の罪は非常に大きいと思いますね。今、問題になっている生活保護問題にしても、働けるのに働かない若者が増えているのは、ある意味で教育政策の失敗のツケでもあるわけです。

でも、一度怠惰になった米国人の勤勉の精神がずいぶん復活したように、教育政策をしっかりすれば、若者の間にもっと上をめざす気持ちが出てくるはずです。

波頭:1つショッキングな数字を申し上げると、日本の大学生が4年間に読む本の数は平均して100冊程度だといいます。ところが、米国では平均400冊。これは程度の高い大学も高くない大学もすべてひっくるめた平均で、ハーバードやイェールといったエリート校では4年間に1000冊もの本を読んでいるのです。

大学の授業を抜かした学外勉強も、米国の大学生は1日平均7.5時間もしているのに、日本の大学生は平均してわずか1.5時間です。勉強の量が圧倒的に違う。

和田:高等教育がそれだけレベルが低いわけですから、中学・高校もひどいものです。中国の中学生が学校と家と塾で1日平均14時間も勉強しているのに対して、日本の中学生は平均8.5時間しか勉強していません。学校の勉強を差し引いたら、中国の子どもたちの3分の1とか4分の1しか机に向かっていないのです。

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