日本の「経営」と「教育」を再構想せよ

高齢化社会のグランドデザイン(上)

波頭:教育はあらゆる競争力の源泉です。中国やインドは高度経済成長のインセンティブがあるといいますが、米国もヨーロッパもその国の産業や政治を引っ張っているエリートは猛烈に勉強しています。彼らにとって大学は苛烈に勉強するところですが、日本ではいまだにレジャーランドです。

欧米のエリートが必死に勉強をする姿を目の当たりにするためだけでも、日本の大学生はもっと欧米に留学してもいいと思います。

人の能力は
努力の集積の総量で決まる

波頭:もう1つ付け加えると、最近の実証研究で人間の能力は素質ではなく、実は努力の集積の総量で決まることが明らかになってきています。興味深いのが、ドイツの音楽学校のバイオリン学科における研究結果です。

将来、ソリストや一流の音楽家になるエリートたちを集団A、一応プロのオーケストラ団員になれるレベルの学生たちを集団B、プロとして食べていくのは難しいけれど音楽の先生にはなれるレベルの学生たちを集団Cとして比較した研究です。

それによると、バイオリンの練習量はA、B、Cともほとんど変わらず、1週間に51時間でした。練習量が同じなのに差がつくのは素質の差かと思われましたが、実は練習の内容が異なっていたのです。

AとBは51時間中24時間を1人で基本技術の反復練習を行っていたのに対して、Cの学生は9時間しか行っていませんでした。孤独でつまらない反復練習をいかに繰り返すか─それがスキルの向上に直結しているのです。プロの音楽家になれる者となれない者の差が、この孤独な練習時間の量にあったのです。

では、AとBの差は何か。バイオリンを職業にしようとする人たちは平均して8歳でバイオリンを始めています。つまり、音楽大学に入るまでに10年間バイオリンを練習してきているのです。それはAもBも変わりません。しかし、その10年間の練習時間に大きな差がありました。

Aの学生は10年間に平均して7400時間練習してきたのに対して、Bの学生の練習時間は5300時間だったのです。音楽大学に入るまでの約2000時間の練習量の差、これが超一流のエリート音楽家を支えていたわけです。

つまり、素質の差と思われていた能力の違いは、実は努力の集積の総量の差から生じていたというのが、この調査研究の歴史的発見だったのです。

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