決着つかず延長へ ヤクルト買収攻防戦

交渉は二転三転

40年前の求愛と10年戦争

ダノンによるヤクルトに対する攻勢は1970年代までさかのぼる。

約40年前、ヤクルト中興の祖である松園尚巳元社長の時代、ダノンから業務提携の申し出があった。祖業のガラス瓶製造から、買収戦略で食品事業へと舵を切ったダノンにとって、ヤクルトが持つ腸内菌の働きで健康維持・増進を図る「プロバイオティクス」技術が魅力的に映ったようだ。ただ、このときも考え方の違いからヤクルトは断った。

80年代、ダノンはガラス瓶事業を売却、さらなる買収でフランス最大の食品メーカーに成長した。90年代に入ると拡大戦略は加速。96年に就任したフランク・リブーCEOの下、10年間で50以上の会社・事業の買収と売却を繰り返している。

ダノンとヤクルトの関係が再び動き出したのは90年代末のことだ。

順調に成長してきたヤクルトだが、90年代後半、不祥事が次々と発覚して窮地に陥った。98年3月期にはデリバティブによる損失で1000億円の最終赤字に転落。当時の副社長は後に証券取引法違反で有罪判決を受けている。99年には事件に発展したプリンストン債の保有とそれを使った損失隠しも浮上した。

ヤクルトが最も弱っていた99年半ばにダノンから再び提携提案があった。堀澄也社長(現会長)の渡仏がスケジュールの関係で実現せず、いったん宙ぶらりんになった。が、年が明けた00年1月初旬、「ヤクルトが困っているようだから助けたい。ひいては株を買いたい」という電話がダノンからかかってきた。数週間後、すでに3%前後を保有しているとの連絡が入った。

ダノンの保有比率が5%に達した同年4月、ヤクルトは事業提携の具体的な協議に入ると発表。しかし、無理やり席に着かされたヤクルトは、最後まで積極的な姿勢を示さず、3カ月後に協議は解消された。

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