ワイン造りの思想 その2 テロワール主義《ワイン片手に経営論》第13回

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■造り手とビンテージ

 「だれが造ったか」。これは、造り手の個性の違いを味わうところです。テロワール主義における造り手の多くは、極力自然のままのブドウの味を引き出すことに注意し、できるだけ手を加えないようにワイン造りをしています。ただ、どのように自然の味を引き出すか、という考え方はそれぞれです。

 ブドウ栽培の仕方から、発酵・醸造・熟成・保管と、あらゆるところで造り手の個性が発揮されます。同じ産地で同じブドウ品種を使っても、異なる香りと味わいのワインが出来上がることになります。この差は、素人からするとわずかな差でしかないかもしれませんが、日ごろからワインを飲んでいる人にとっては、大きな違いに感じられます。日ごろ食べているお米が変わると、「お米変えた?」と思わず聞いてしまうのと同じ感覚です。

 「何年に造ったか」。これは、毎年気候が異なるため、造り手の違いより大きくでるかもしれません。ビンテージ・チャートというものがありますが、年代によってワインの質が大きく変化することの結果として作成されたものです。1961年、1990年、2005年のフランスのボルドー地方の赤ワインは、当たり年で有名です。なお、最近では、ワイン造りの技術が向上し、気候による影響は以前にくらべ小さくなってきたと言われています。

 以上、ワインのラベル表記を紐解きながら、「テロワール主義」のワイン造りの思想を紹介してきました。意識的にせよ無意識的にせよ、この「テロワール主義」という考え方は、畑が差別化ポイントの中心です。「土地を出発点にして他のワイン造りのパラメータが決まってくる」という考え方は、世界中にある先入観を与えてきました。最も重要な差別化ポイントである「土地」は、フランスにあって、この土地は動かすことができないので、「フランス以外では、美味しいワインは造れない」と考えてしまうのです。フランス以外の国にはチャンスが無いように思えてしまうのです。そして、実際に長い間、そう思われてきたのです。

 こうした「テロワール主義」的常識に風穴を開けたのが、米国でした。「セパージュ主義者」の台頭です。テロワール主義の大前提である「産地」は、実は初期条件ではなく、変数でしかないというのです。

 このセパージュ主義とは、どのようなものなのでしょうか?

 次回のコラムでは、「セパージュ主義」について語りたいと思います。
*参考文献 
ヒュー・ジョンション、『ワイン物語 下』、平凡社、社団法人日本ソムリエ協会、『日本ソムリエ協会教本』、日本ソムリエ協会、映画「モンドヴィーノ」、東北新社

《プロフィール》
前田琢磨(まえだ・たくま)
慶應義塾大学理工学部物理学科卒業。横河電機株式会社にてエンジニアリング業務に従事。カーネギーメロン大学産業経営大学院(MBA)修了後、アーサー・ディ・リトル・ジャパン株式会社入社。現在、プリンシパルとして経営戦略、技術戦略、知財戦略に関するコンサルティングを実施。翻訳書に『経営と技術 テクノロジーを活かす経営が企業の明暗を分ける』(英治出版)。日本ソムリエ協会認定ワインエキスパート。
◆この記事は、「GLOBIS.JP」に2009年9月2日に掲載された記事を、東洋経済オンラインの読者向けに再構成したものです。
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