"月100頭出荷"の希少な豚が松屋銀座に並ぶまで。3Kイメージを覆し「みやじ豚」を育てた4代目の経営思想

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「日本には、『そうは問屋が卸さない』という言葉がありますが、本当にその通りでした。問屋というのは、商売の流れを崩されることを嫌う。話は聞いてくれるけど、結果的には体よくあしらわれる、ということが続きました」

それでも宮治さんは、方針を変えずに動き続けた。豚の育て方や味の特徴を説明し、「ただ出荷するのではなく、『みやじ豚』という名前で、きちんと価値を伝えて売っていきたい」。その思いを、一社一社に伝えて回った。

すると、リストの後半になって、ようやく話を真剣に聞いてくれる先が現れた。規模は小さかったが、「まずはできる形からやってみよう」と協力の手を差し伸べてくれたのだ。

最初は、自分たちの豚を市場から一頭買い付けるところからのスタートだった。だが、その一頭が、「みやじ豚」という名前で売られた、最初の一歩でもあった。

人と人をつなぐバーベキュー

みやじ豚バーベキューには宮治さんも毎回参加し、消費者との直接の対話を大切にする(写真:みやじ豚)

もうひとつの施策。それが、宮治さんにとっての原体験でもある「バーベキュー」だ。

お金もない。人手もない。ノウハウもないなかで、「自分ひとりでもできることは何か」を考えた末に行き着いたのが、父親の育てた「みやじ豚」のおいしさを、まずは知ってもらうこと。そのための手段として選んだのが、バーベキューだった。

名刺管理ソフトとメール一斉送信ソフトを購入し、それまでに参加してきた異業種交流会や、ビジネススクールで出会った人たちの名刺をスキャンしていった。加えて、学生時代の友人や前職の先輩、同僚の連絡先も一つひとつ入力していく。そうして出来上がったリストは、850人分にもなっていた。

その全員に向けて、次のようなメールを送ったのだ。

「会社を辞めて実家に帰って、親父の後を継いで養豚農家になります。1次産業を、かっこよくて・感動があって・稼げる3K産業にするので、ぜひ応援してください。つきましては、バーベキューをするので、よかったらうちの豚を食べにきてください」

2005年8月。第1回のバーベキューに集まったのは、20人だった。

「おいしかったら、友達にも紹介してほしい。連れてきてほしい」

そこから毎月1回開催するようになると、友人が友人を呼び、3カ月後には60人に増えた。

「お前がITベンチャーをやると言ってもいまいちだったけれど、農業やるなら応援する」という言葉をかけられ、宮治さんは確かな手応えを感じたという。

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