"月100頭出荷"の希少な豚が松屋銀座に並ぶまで。3Kイメージを覆し「みやじ豚」を育てた4代目の経営思想
それでも、「湘南みやじ豚」として、この場所でブランドを育てる道を選んだ。この地域で、この規模で勝負する。その決断は、次の一歩へとつながっていく。
2008年、同じ志を持つ仲間たちとともにと立ち上げたのが、NPO法人「農家のこせがれネットワーク」だ。
「みやじ豚」から、産業全体へ
NPO法人「農家のこせがれネットワーク」は、かつての宮治さんと同じように、都市近郊で働く農家の息子や娘たちが実家に戻り、家業を継ぐ。その選択を後押しするための場だ。
当時、政府は新規就農者を増やそうと政策に力を入れていた。しかし、農家は基盤が整うまでに数年を要する仕事だ。そもそも農地がなければ始められないが、当時は農家でなければ農地を借りること自体が難しい状況でもあった。
「農家のこせがれであれば、実家に帰れば住む場所もあるし、親が技術を教えてくれる。販路だってゼロではない。そう考えると、こせがれを実家に帰すほうが、新しく農業を始める人を増やすよりも、よほど合理的で、農業全体のためになると思ったのです」
農業を継ぐことは、かつて「かっこ悪い」「都落ち」などと言われがちだった。だが、「農家のこせがれネットワーク」を設立した頃から、その空気は少しずつ変わり始めていた。「じつは、自分も農家なんです」と打ち明ける人が増え、農業を継ぐことが、特別なことではなくなっていく。その変化を、宮治さんは現場で感じていた。
活動は次第に注目を集め、大手メディアにもたびたび取り上げられるように。各地に「こせがれネットワーク」が派生し、地域の中で新しい挑戦を始める農家も現れていった。
たとえば宮城県では、養鶏農家が米農家やパティシエと連携し、商品の開発や6次産業化に取り組むなど、農業を軸にした新たなビジネスの形が生まれている。こうした動きは、「みやじ豚」だけの成功にとどまらず、農業全体の可能性を広げていった。
やがて数年が経ち、宮治さんはあらためて日本の農業を見つめ直す。そこで浮かびあがってきたのが、「事業承継」という課題だった。


















無料会員登録はこちら
ログインはこちら