"月100頭出荷"の希少な豚が松屋銀座に並ぶまで。3Kイメージを覆し「みやじ豚」を育てた4代目の経営思想
職人肌は、もうひとりいる。
宮治さんより、2カ月早く実家に戻っていた弟・大輔さんも、「こんなにおいしい豚を、親父の代で終わらせるわけにはいかない」と、静かに家業を継ぐ決心をしていた。
兄弟で語り合ったわけでもなく、示し合わせたわけでもない。それでも同じタイミングで家業を想い、実家に戻ってきた。その偶然の重なりにも、どこか必然を感じさせる。
なぜ、「みやじ豚」を大きくしなかったのか
みやじ豚のバーベキューでは、「おいしかった」よりも、「楽しかった」という感想のほうを多く聞くという。
湘南・藤沢の小さな果樹園を借りて開くこのバーベキューには、人に伝えたくなる仕掛けがいくつもある。「みやじ豚」のブランドの物語や肉のおいしさに加え、農園ならではの開放感。そして、見ず知らずの人たちが一つのバーベキュー台を囲むスタイルだ。
約20人がひとつのグループとなり、焼くのも手伝いながら食事をする。乾杯をすれば、自然と会話が生まれる。「みやじ豚を食べる」という共通の体験をきっかけに、持ち寄りのお酒やつまみを分け合い、その場の出会いを楽しむ。さらに、生産者と直接話ができることも、この場ならではの魅力だ。
その体験は記憶に残り、口コミとなって広がっていく。多いときには100人、現在は最大60人のバーベキューは、毎回満員で予約待ちが続く。これまでに、このバーベキューでの出会いをきっかけに結婚したカップルは9組にものぼるという。
2006年に法人化したみやじ豚は、こうしたバーベキューを通じたファンづくり(BtoC)と、飲食店や百貨店への卸(BtoB)を両輪に、地道に成長していった。わずか2〜3年で年商は約5倍に伸び、その後も拡大を続け、最高で9倍を記録している。
ここで、宮治さんは立ち止まって考えた。
「僕の思いは『1次産業を新しい3K産業にすること』。みやじ豚だけが成功するのは、ちょっと違う。だから、1次産業全体を盛り上げる活動をしたいなと思ったんです」
藤沢という土地柄も、理由のひとつだった。空き地が少なく、糞尿処理など畜産特有の課題もあるなか、とても簡単には規模を拡大できない。例えば、地方で広い土地を確保して生産性を高めれば、そのほうが手間をかけずに儲けることができるだろう。実際に、神奈川出身の農家で、地方に移って成功している人は少なくない。


















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