"月100頭出荷"の希少な豚が松屋銀座に並ぶまで。3Kイメージを覆し「みやじ豚」を育てた4代目の経営思想

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「飲食店向けの卸が、9割近く減りました。さすがに、お金も借りて、これは大変なことになったなと」

先の見えない状況が続いたが、思いがけない支えもあった。

「通販で、個人のお客さんが応援するようにドーンとまとめて買ってくれた月があったんです。半年くらい経つと、県内の飲食店も少しずつ戻ってきてくれて。やっぱり食べものは強いなと感じましたね」

小さな家族経営ながら、地道にファンを育ててきた。その積み重ねが、結果的に危機をしなやかに乗り越える力になった。

「みやじ豚」を、100年つづくブランドへ

「1次産業を新しい3K産業にする」という理念を描きながら、人との出会いに導かれ、周りを巻き込み、やるべきことに向き合ってきた宮治さん。自分と向き合い、学びを積み重ねる時間と、気づけば人が集い、輪の中心に立っていく姿。その両方が重なり合って、今の宮治さんの経営がかたちづくられているように感じた。

2025年9月、「みやじ豚」は20周年を迎えた。最後に、20年をふり返った今の心境と、これからについて伺った。

現場をともに支えてきたメンバーと。左から、宮治大輔さん、宮治勇輔さん、坂本さん(写真:みやじ豚)

「『みやじ豚』を、100年続くブランドにしたいと思っています。そのためには、今のやり方のままではいけない。お客さんが足を運んでくれるような“場”をつくりたいですね」

構想しているのは、飲食店であり、食肉加工場であり、クラフトビール工場でもあるような複合施設だという。

くしくも昨年末、東京・方南町にある飲食店の運営を担うことになった。『はじまりの餃子とつながりのビール』と名付けられた、みやじ豚の餃子とクラフトビールの店だ。

福祉の会社を営む大学の後輩と、何か一緒にできないかという話から、障害当事者が働ける環境づくりを目的に立ち上げた店である。運営体制の変化もあり、現在は宮治さんが中心となり、スタッフの採用や体制づくりなど、店の運営全般にかかわっている。

「たまたま東京に拠点ができたので、20周年の今年は、しっかり動いていきたい。30周年のときには、安心して次にバトンを渡せる体制を整えていきたいです。これからの10年で、今後100年の布石を打ちたいと思っています」

東京・方南町ではじまったばかりの、新たな挑戦。

藤沢の一軒の養豚場から、日本の農業、そして家業の未来へ。

みやじ豚の物語は、今も進化をつづけている。

西谷 渉 ライター

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にしたに・あゆみ / Ayumi Nishitani

1986年、東京都出身。早稲田大学第一文学部フランス文学専修卒業。Web制作会社などで企画・編集職を経験後、ライターとして独立。人物インタビューを中心に、暮らしやものづくり、グルメなどの分野で執筆。心を豊かにしてくれる旅が好き。鎌倉市在住。2児の母。
https://uzocoya.com/

 

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