無茶な要求も「笑顔で対応」営業職を襲う"心の摩耗"の代償 『感情労働』のコストを企業はもはや無視できない

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カスハラの対象は、店舗スタッフだけではない。実は法人営業も同様の問題に直面している。

ある建設会社の新人営業は、取引先の課長から執拗な嫌がらせを受けた。ベテラン営業から引き継いだことが気に食わなかったらしい。挨拶しても無視され、電話もメールも返してもらえない。にもかかわらず突然呼び出され、無理な値引き交渉を迫られる。その結果、新人は心が折れてメンタル不調で退職した。

物流会社の営業は、土曜日出勤を強要された。

「顧客の俺たちが土曜日も仕事しているんだから、あんたも休むなんてどうかしてる」

印刷会社では、夜の8時以降にわざと注文を入れてくる担当者がいた。「今日中に在庫確認しないと取引をやめる」と脅してくる。明らかな嫌がらせである。

それでも嫌な顔ひとつせず、笑顔で対応をしなくてはいけないのか。感情がグチャグチャになってしまう営業も多いのが現実だ。

期待される役割と現実の過酷さの狭間で…

こうした問題は、ジェンダーの構造も絡んでいる。

歴史的に女性は、家族の感情を調整する役割を担わされてきた。現代の労働市場でも、その特性が搾取されている。客室乗務員や看護師、介護士、保育士。これらの職種に女性が多いのは偶然ではない。

「白衣の天使」といった献身的なイメージが期待される。より高度な感情管理を要求されると言ってもいいだろう。いっぽうで、そのスキルは正当に評価されにくい。

期待される役割と現実の過酷さの狭間で、自分の感情を押し殺し続ける。そして心が折れるのだ。組織が従業員を守らなければ、彼ら彼女らは辞めていくだろう。

近年、感情労働をネガティブなものとしてだけでなく、高度な「スキル」として捉え直す動きがある。

感情管理を「やらされている」のではなく、自律的に行う「スキル」として捉える。そうすることで、職務満足感や自己肯定感につながるという「感情労働肯定論」だ。

たとえば自分の感情コントロール技術によって難しい顧客を満足させたり、トラブルを解決したりできたとき。そこにプロフェッショナルとしてのやりがいが生まれる。これは確かに事実である。

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