コーランには本当は何が書かれていたのか 全米図書賞ノミネートの注目の書を読む

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本書は、こうして始まったカーラとアクラムのコーラン講読レポートとなるはずだった。しかし読みはじめるとすぐに、これは私が予想したようなコーラン解説本ではないことがわかった。この本は、カーラの――そしてアクラムの――「旅」の物語なのだった。それは両者がこれまで歩んできた人生を、もう一度歩み直す旅であり、今日の世界を改めて読み解く旅であり、アクラムの故郷であるインドの村の暮らしに入り込む旅ともなる。

読者である私は、その旅路を二人とともに歩ませてもらい、そこに広がる光景を見させてもらう。そうして時間と空間を股にかけ、重層的な文化を掘り下げる旅をつづける中で、少しずつ、私は実感するようになったのだ――異なる思考の枠組みを理解するということは、なんと骨の折れる作業なのだろう、と。

都合の良い文言を拾い出すのは間違い

コーランはそれ自体として複雑な世界であり、自分の考えを支持してくれる文言を求めてこの書物をめくるなら、かならずや、期待に沿うくだりを見つけることができるだろう。けれども、イスラム教徒としてのアイデンティティを求めたり、権力を求めたり、あるいは西欧への対抗意識を満たしたりするために、都合の良い文言を拾い出すのは間違いだ、とアクラムは言う。良く生きるために、というコーランの根本精神に即し、個々の文脈を踏まえなければ、人は誤りに導かれる、というのである。

基礎となる精神を理解し、文脈を踏まえることが大切だとは、なんとも当たり前の話のように聞こえるかもしれない。だが、現実には、それが非常に難しいのである。

人が何かを理解しようとするときには、自分がすでに手にしている「ものさし」を、その対象に当ててみる。だが、異なる思考の枠組みを理解しようとする場合、その方法は役に立たない。そんなやり方では、何も測ったことにはならない。異なる枠組みを理解し、その枠組みの中での「ものさし」を手に入れるためには、このような旅を続けていかなければならないのだ。

私はこれまで何度も、「イスラム教って、ほんっとに部族社会と相性がいいんだから!」と吐き捨てるように言った。部族社会にありがちな、女性を虐げるもろもろの習慣に、イスラム教がお墨付きを与えているように見えたからである。

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