「82歳で“マタギの頭領”を引退」「88歳までチェーンソーを自在に操り…」秋田で1人暮らしの92歳が《伝説のマタギ》と呼ばれているワケ

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「俺も熊もいた場所が悪かった。そのまま熊と一緒に山の斜面を数メートルも転がり落ぢてしまってな。そこから死んだ母熊を俺が1人でしょって(背負って)、山を下りたよ。一緒に行ったマタギがしょわねがら(笑)」

母熊には鉄砲の玉がかすれた跡があった。おそらく前日に負ったものだ。母熊は今日、また同じ場所に人間が撃ちにくるとわかっていたはずだと、松橋さんは言う。

「人間が来たらやっつける気で身を隠して待ち構えていたんだと思う。それくらい子熊を連れた母熊は子を守るために獰猛で、頭がいい。俺が子熊を撃っていたら母熊にやられていたな、まちがいなく」

母熊は90キロはあっただろうという。解体した熊肉はきっぱり二等分した。仕事の内容も年齢も立場もまったく関係なく、分け前は平等。これが伝統のマタギ勘定だ。

伝説のマタギ
山の地形、熊の通り道はすべて頭の中にたたき込まれている(写真:松橋吉太郎さん提供)

82歳で「シカリ」を引退

そんな武勇伝をけろりと語ってくれる松橋さんだが、10年前の82歳のとき、自らシカリの引退を宣言した。同時に猟銃の所持許可証を警察に返納して、「現役シカリ最高齢」の名誉とともにマタギも引退する。

「シカリをやめることは自分で決めた。耳が聞けねぐなったんだよな。熊獲りは耳が一番大事だ。熊の足音、息、藪のゆれる音、1つでも聞き逃したら近づいてきた熊にやられてしまう。目も鼻も大事だけど、俺は目はいい目してたし、鼻も問題ねがった。だけども耳がな。いいところでやめるのが大事だと思ったんだ

シカリとして30年余り。マタギの伝統的な狩猟方法の巻き狩りでは、その伝統を守りながら自分のやり方でマタギたちを引っ張ってきた。

伝説のマタギ
1年で12頭もの熊を獲った年もあるという。写真右が松橋さん(写真:松橋吉太郎さん提供)

巻き狩りは、沢筋から大声を出して熊を山の尾根に追い上げていく「勢子(せこ)」と、尾根上で鉄砲をかまえて熊を仕留める「ブッパ」がいる。誰が何をやるかという番割りはシカリが差配する。松橋さんは常に適材適所とチームワークを考えた。

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