勢子は無線で連絡を取り合いながら、同じスピードで歩を進めて横の包囲網を作り、熊をどんどん追い込んでいかなければいけない。1人でもスピードが落ちたら、横一列のそこに穴があく。
熊は人の声がしないところを突破して逃げるので、藪が深くて遠回りしなければいけない勢子が出たら、遅い人に合わせてスピードを落とす。
「早く進んだ者が遅れている者を待てる気持ちがなければいけない。巻き狩りは絶対チームワークだ」と松橋さんは力説する。

チームワークを築くために、松橋さんがシカリとして徹底したのは、仲間内のけんかは絶対禁止。誰のこともいじめてはならない。皆、平等。
「俺の指示に従ってもらうために、俺は人よりもやれるだけ仕事をやった。自分ができることはなんでもやって、自分が知っていることはなんでも人に教えた。それこそキノコや山菜の採れる場所もみんなに教えてやった。俺のものでない、山の神のものだから」
巻き狩りは勝負の世界だから、熊が1頭も獲れないときだってある。そういうときは皆を帰して、1人で熊を獲るまで山に残った。そうやって結果を出してきたから、マタギたちが自分を認めてくれたと思うと、松橋さんは振り返る。
「俺より年上のマタギもいたけれど、俺に従ってくれた。それで30年もシカリをやらせてもらって、俺は幸せだなと思ったよ」
伝説のマタギが教える「人心掌握術」
本業の林業でもシカリの精神が生きる。30人からの作業員を率いて、皆に「親方」と慕われた松橋さんの人心掌握術は、教えること、待つことから始まる。
新人にはどういう仕事をやりたいのか、聞く。そして手本を見せて、機械の使い方から手入れまで全部を教える。「なんぼ教えたって、最初はできね」ということもわかっている。
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