女性醸造家の渾身のワインに世界が驚嘆した 日本固有の甲州種で目指すワインの革新<上>

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中央葡萄酒のブドウ畑では、棚栽培ではなく垣根栽培を採用している

フランスでは、フランスのワイン造りが絶対的に正しいと教えられる。しかし、南アフリカは「フランスと同じことをしていては、永遠に追いつけない」と新たな栽培、醸造法を積極的に開発していた。

フランス滞在中の2005年から、山梨の自社ワイナリーで新たな試みを始めていた彩奈にとって、南アフリカのアグレッシブな姿勢は大いに刺激になった。彼女は、当時主流になっていた醸造技術で糖度や酸味、香りを加える技術先行型の甲州種ワインに疑問を持ち、ブドウ本来の味で勝負するという原点回帰を志していたのだ。

「醸造の技術で味をつける人工的なワインばかりになって、もともと甲州種ブドウが持っている香りや味わいがマスクされている。一切の技巧を加えずに、個性的で力強い、複雑味のある甲州種ワインを造りたい!」

ここからがいばらの道の始まりだった。

「糖度20度の壁」

前述したように、甲州種の最大の課題は糖度の低さだ。ワインにしたとき、醸造の技巧に頼らず、ナチュラルかつ質の高い風味を求めるのであれば、20度以上の糖度が必要になるが、甲州種は「糖度20度の壁」という言葉もあるほど栽培によって糖度が高めるのが困難な品種として知られている。

フランスで「醸造はブドウ作りから始まる」と教えられてきた彩奈は、これまで誰も成功してこなかった「糖度20度以上」を実現するために、それまで棚栽培が当たり前だった甲州種を、垣根栽培で育てようとしていた。

棚栽培とは、ブドウのつるを屋根に這わせて水平方向に伸ばしていく手法で、ブドウの房は屋根からぶら下がる。

彩奈が始めた垣根栽培は、ブドウの木を密植させて、枝を垂直に伸ばしてゆく。世界のワイナリーでは垣根栽培が主流だ。

2つの手法の最大の違いは収穫量で、棚栽培だと1本の木に対してブドウが約500房なるが、垣根栽培では10~20房と、圧倒的な差が出る。その一方で、棚栽培だと葉が重なり合って光合成効率が低くなるほか、風の吹き抜けも悪いため、病気になりやすい。それが原因で糖度が上がりにくくなっていると判断した彩奈は、甲州種の垣根栽培を決意した。

実は、彩奈の父親が1992年から垣根栽培を始めていたが、ノウハウもゼロの状態で思うように管理ができず、途中で断念していた。同じように垣根栽培をすれば、失敗するのは目に見えている。どう工夫すれば良いのか頭を悩ませていた時だったから、伝統を疑うことを厭わない南アフリカのワイン造りは、彩奈の目に新鮮に映った。(敬称略) 

後編 定説を覆した醸造家が再び挑む"甲州の奇跡"

川内 イオ フリーライター

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かわうち いお / Io Kawauchi

1979年生まれ、千葉県出身。広告代理店勤務を経て2003年よりフリーライターとして活動開始。2006年夏、バルセロナに移住し、スペインサッカーを中心に各種媒体に寄稿。2010年夏に帰国後は、編集者としてデジタルサッカー誌編集部、ビジネス誌編集部で勤務。2013年6月より、フリーランスのエディター&ライター&イベントコーディネーターとして活動中。スポーツ、旅、ビジネスの分野で輝く才能やアイデアを追って各地を巡る。

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