大学全入化時代「Fラン大学」論争の本質を問う 大学は万人に開かれた「ユニバーサル段階」に

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大学はいまアドミッション・ポリシーを含めた3つのポリシーを策定・公表することを義務づけられている。「ディプロマ・ポリシー」(卒業認定・学位授与方針)と「カリキュラム・ポリシー」(教育課程編成・実施方針)、「アドミッション・ポリシー」の3つである。

これらも多様化する大学が自らの個性、特性を示すにあたって重要なものであるが、ディプロマ・ポリシーは「教育目標」、カリキュラム・ポリシーは「教育方法」、アドミッション・ポリシーは「学習準備要件」と読み替えることができるだろう。

受験生から見れば、この大学では「なにができるようになるか、どのように学べるか、そのためにはどのような準備が必要なのか」であるのだから、アドミッション・ポリシーだけを見ていても志望理由書をうまく書けないのではないか。大学をひとくくりに語ることができず、多様化する中で、大学の教育目標から教育方法を見ておくことは重要であるのだ。

特にこれから入学者選抜の機能が緩くなり、不合格になる確率が低くなる時代には、この大学で「なにができるようになるのか」は最重要になるのではないか。そして、大学側の教育に臨む姿勢を最も表しているのがディプロマ・ポリシーであることは言うまでもないことだ。

大学「全入化」の時代に、アドミッション・ポリシーは選抜基準を示すものから受験生に入学するにあたっての準備が整っているかを求めるものへと重点を変える必要があるだろう。近い将来には、選抜試験が有効に働く大学は全体の2割程度ではないだろうか。それが「全入化」である。

大学入試で何を問うべきか

大学は、冒頭で触れたように、少子化とAIの進化にともない予測不可能な時代にあり、さらには学生の目的や学力の多様化にともなう対応を求められている。特に地方の大学はこれらが重くのしかかる。

そうしたときに大学入試でなにを問うべきなのか。これまでのように難度の高い大学と同じようなことを易しく問えば良いわけではない。

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