一方で、大学入学定員と大学入学者の関係を考えると、2024年度を見ると、募集定員を大学入学者が1万人以上下回る状態にあり、いわゆる「全入化」状態にある。大学入学者は学習目的も学力層も多様化している。まさに大学は万人に開かれたユニバーサル段階にある。
ユニバーサル段階であれば、学生が多様化するがゆえに教育の方法も多様化する。大学の入学者選抜ももちろん多様化するのである。
残念ながら世間一般においてはこうした現状認識はなく、いまだに大学に「エリート」を求めたり、入試で「学力重視」が当然だとしたりするものが散見される。問題は、ユニバーサル段階にあるにも関わらず、いまだに多くの大学が大教室での講義が中心であり、入学者の多様化に応じた教育に変容していないところがあることに、課題があるのではないだろうか。
もちろん、いち早く「少人数化」「アドバイザー制度導入」などを進める大学もある。
こうした状況だから、数多ある日本の大学を「大学」とひとくくりにする時代ではないことと向き合う必要がある。大学入試が「大学教育にふさわしい準備」ができているかを求めるものである。
大学をひとくくりにできないのだから、当然、大学入試もひとくくりにはできない。だから、大学入試難易度ランクに「BF(ボーダーフリー)」があるのは当然なのである。
全入化して一般選抜で倍率が出なくなり、合否のボーダーラインが引けなくなると「BF」に位置づけられる。それはボーダーラインを予測する大学入試難易度ランキングからは実質的に除外されることを意味する。つまり、ランキング競争から落ちこぼれることを意味する。
そうした大学を世間は「Fラン大学」と揶揄する。しかし、そうした大学が登場することは必然なのだから揶揄しても仕方なく、若者の教育や生涯学習を考えたときに、この状況を受け入れるべきだ。なにしろ日本の大学は万人に開かれたユニバーサル段階にあるのだから。
「ディプロマ・ポリシー」の重要性
さて、総合型選抜などで求められる「志望理由書」を書くにあたり、大学が示す「アドミッション・ポリシー」(入学者受け入れ方針)をよく読むように指導してそれに沿った理由を書くように生徒に求める高校や塾があるようだが、実は、それだけでは自分に合った大学に進学できるわけではない。
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