錯覚から探る「見る」ことの危うさ《第1回》--錯視図形~古くて新しい不思議
図5は、同じ大きさの円なのに、より小さな円で囲まれると、大きな円で囲まれた場合より大きく見えてしまうもので、ティチェナーの錯視あるいはエビングハウスの錯視と呼ばれている。
錯視の特徴の1つは、事実はこうですよと教えられ、自分でも確認できたとしても、やはり事実とは違うように見えてしまうことである。定規を使って平行であることや同じ長さであることを確認したにもかかわらず、定規を外して元の図形を見ると、やはり錯覚が起こってしまう。だから、単なる勘違いや見誤りではない。もっと安定して起こる現象であり、それから逃れることはできない。
ところで私たちは、普段の生活の中で当たり前のように目を使っており、ありのままを見ていると思っているのではないだろうか。だから、錯覚は、特殊な場面で起こる例外的な現象であり、普段の生活とは関係ないと思われるかもしれない。しかし、そうとは限らない。
たとえば、図1の図形を何の説明もされないまま、ただ漠然と眺めている人を想像してみていただきたい。その人にとっては、「ああ、互い違いに斜めになった横線が並んでいるな~」と感じるだけで、何の疑問も持たないまま終わってしまうのではないだろうか。
つまり、この横線は実は平行なのですと言われないかぎり、見た目のとおり斜めに描かれた線だと思うだけで、錯覚であることに気づかないであろう。
これと同じことが日常生活の中で起こっている可能性は大いにある。実際には錯覚が起こっているのに、事実はこうですと誰も教えてくれないので錯覚であることに気づかないまま、見えたとおりの状況だろうと信じてしまっているかもしれないのである。