「ギリシャの次」は、本当に日本なのか? 債務問題の本質がわからない「残念な人々」

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もちろんギリシャの苦境は、ユーロ圏に留まることを優先して本来自国民のために使えるはずの金融政策というオプションを失ったことが、最大の障害になっている。

2010年以降の大幅な景気悪化に直面したギリシャにとって、その対応策として使える最大の政策ツールは金融緩和策による景気刺激策のはずだが、ユーロシステムに入り通貨発行権を失ったギリシャはこの切り札を自由に使えない。

2008年のリーマンショック後に各先進国が経験したように、大幅な景気悪化に直面した各国は、まず金融緩和や財政刺激策で経済を安定させた。

当初は財政赤字が膨らんでも景気安定化政策が機能すれば、税収が増えるので財政赤字拡大は止まる。そして米国や英国では拡張的な財政政策を止めた後も、金融緩和強化を徹底して景気回復を実現して税収を増やした。

それゆえ金融緩和強化に真っ先に取り組んだこの両国は、量的緩和発動が遅れた日本よりも、財政赤字を先行させて縮小させることができたのである。

金融・財政政策を使える日本は、ギリシャと異なる

言うまでもなくギリシャと異なり、日本は独自の貨幣発行権を保ち、国民の経済厚生を高めるために金融政策を強化することができる。

そして2013年からのアベノミクスで、従前は機能してこなかった金融緩和強化が実現し、ようやくそれ以降の税収回復によって財政赤字が改善に向かいつつある。なお、日本が2014年の消費増税のショックに耐えることができたのは、2013年に発動された金融緩和による景気下支え効果が大きく働いたからである。

財政問題に対する対処策を有する日本と、金融政策を失い、債権者側の政治的な都合によって財政政策を事実上封じられたギリシャでは状況が全く異なる。ギリシャと日本では、行使できる政策ツールが全く異なるにもかかわらず、「ギリシャ危機を日本の財政問題の教訓にすべき」という議論がいまだに聞かれるのは、首をかしげざるを得ない。

経済安定化政策である金融政策・財政政策が機能不全に陥ることが、国民の生活を貧しくする。これが、筆者が改めて感じるギリシャ危機の教訓である。では、日本ではギリシャのような制度上の制約がなく、金融政策も財政政策も使えるのに、なぜ財政赤字が拡大し、(危機は起きていないが)公的債務がギリシャ以上に積み上がったのか?この点については、別の機会で改めて説明したい。

村上 尚己 エコノミスト

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むらかみ なおき / Naoki Murakami

アセットマネジメントOne株式会社 シニアエコノミスト。東京大学経済学部卒業。シンクタンク、外資証券、資産運用会社で国内外の経済・金融市場の分析に従事。2003年からゴールドマン・サックス証券でエコノミストとして日本経済の予測全般を担当、2008年マネックス証券 チーフエコノミスト、2014年アライアンスバーンスタン マーケットストラテジスト。2019年4月から現職。

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