「断捨離」をした日銀は7月末にどう動くのか 渡辺努・東大教授の「物価理論」を解説しよう

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ちなみに、筆者は1から3まで120%渡辺理論に賛成で、渡辺理論の世界一の理解者であると同時に、世界一、渡辺理論に近い意見を持っているのが小幡績である。しかし、筆者は4から6には強く反対で、ここが渡辺・小幡の大きな対立点である。目指すゴールは一緒、問題認識も一緒、しかし、アプローチが180度(いや90度かな?)異なる。

「渡辺チャート」が可視化した「日本企業の停滞」

順番に、少し詳しく見てみよう。

1の「企業が自分の製品価格を決める力を失ったこと」に関しては、渡辺教授が長年にわたって、研究、主張してきた。それを象徴的に可視化したものは、渡辺チャートと呼ばれている。日本の消費者物価を構成する600品目の個別のインフレ率(前年同月比の変化率)を計算し、頻度分布をグラフにしたものだ。日本の個別品目の価格変動が1995年以降一気に減少し、ゼロ付近の頻度が極端に高まったことが可視化されたのである。

近年では、日本企業が価格変更できないから量を減らす「ステルス値上げ」などの対応を迫られたことが有名になった。しかも、コロナ禍後では、アメリカをはじめ世界にも広がり、「シュリンケーション」(シュリンク=縮むとインフレーションをかけた言葉)という言葉が生まれた。しかし、それでもアメリカでは、価格変更のグラフが日本のようにゼロに集中することはなかった。

これは、まったく私も賛成で、企業の度胸のなさは、この連載でも何度か指摘したところである。さらに、ビジネススクール的な文脈でいうと、日本の企業は、価格設定を経営の戦略変数に入れていないことがほとんどで、本当に駄目だ。これこそ利益率が低い理由であり、ひいては日本の生産性やGDP(付加価値率)が伸びない理由であるとも指摘してきた。要は「ぼったくり」とまではいわないが、消費者からむしり取ってでも儲けようという意欲、気概、力が足りないのである。

2については、「価格メカニズム」は、市場経済の中核、経済理論の中核であり、ミクロ経済学では最重要のところである。最近はゲーム理論ばかり教えるから重要性の認識が低下しているが、市場における一般均衡、それを達成する価格メカニズムが市場経済の最重要要素、ほぼすべてである。

だから、これが危機に陥るとは、市場経済の終わりである。渡辺教授も以下のように言っている。「2年前ぐらいから僕が使っているのが、旧ソ連の例です。旧ソ連の経済システムは価格というシグナルそのものがなく、生産量を割り当てていましたが、やっぱり失敗する。日本では価格はありますが、動いていなければ価格メカニズムがないに等しい。その結果として資源配分が歪んできた」。

これには筆者も200%賛成だ。したがって、渡辺理論の日本の物価への懸念はミクロ経済学的な資源配分の歪み、ということに尽きるのである。個々の蚊が死んでしまったこと、あるいは仮死状態になってしまったことがすべてで、彼らを仮死状態から生き返らせることが、何よりも重要なのである。それは個々の蚊(個々の製品、個々の企業)が死んでしまい、それが蚊柱全体(市場経済全体)を殺してしまうことになりかねないからである。

これを理解していれば、多くはアメリカで教育を受けてきたマクロ経済学者、マクロ金融学者を驚愕させる「渡辺発言」も、何ら驚きでないどころか、なるほどと合点がいくのである。

物価は動きすぎてもいけないが、動かないのもいけない

「日本では、平均的な物価の上昇率が0とかマイナス1%になったこと以上に、『個々の価格が動かなくなったこと』が問題だった」「実はトータルの物価上昇(インフレ)率は1%でも2%でも、5%でもいいんです」「行きすぎたインフレがなぜいけないのかというと、不確実性が高すぎて資源配分が歪むからです。10%や20%まで上がると明らかに歪みが起きます。

つまり、資源配分の歪みがいけない。価格が動きすぎても不確実性が高まることにより歪む。一方、動かなすぎても、配分が変わらず歪んでしまう。物価は動きすぎてもいけないが、動かないのも同様に悪い、ということなのだ。

その結果が、3の「価格の機能不全のコスト負担と実態経済へのダメージ拡大、長期化懸念」という主張になる。1と2の現象は、日本に長年根付いてきたものではない。1990年のバブル崩壊後、急速に生まれたものだ。だから、1990年代後半にいち早く手を打っておけば、こんな事態にはならなかった。30年も定着することはなかったはずである。遅くても遅すぎるということはない。今こそ、最後のチャンスだ。だから4~6の主張になるのである。

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