「物価が上がらなければいいのに」と嘆く人たちへ 物価の権威・渡辺努に小幡績が迫る【前編】

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渡辺努・東京大学教授(右)に小幡績氏(左)がとことん聞いた(撮影:梅谷秀司)
物価が上がることがなぜ日本に必要なのか。「デフレ」と称された状態の何が本当の問題だったのか。
著書『物価とは何か』をはじめ、物価研究の権威である渡辺努・東京大学大学院経済学研究科教授。リレー連載「新競馬好きエコノミストの市場深読み劇場」が人気の小幡績・慶応義塾大学大学院教授。2人は東京大学経済学部でゼミの先輩・後輩にあたる旧知の仲だ。
小幡氏は自称「渡辺努ウォッチャー」。かねて物価をめぐる渡辺氏の発信を追ってきたという。「僕もまだ渡辺理論をわかっていないところがあるし、世間ではちゃんと理解されていないと思うので、とことん聞きたい」。
対談のような、インタビューのような2人のやりとりから浮かび上がる、日本経済の根底に巣くう課題とは。前後編でお届けする。
【後編「日銀は「円安」「国債の山」「次の緩和」をどうするか」はこちら

小幡 そもそも、日銀はなぜ「物価目標2%」を掲げて異次元緩和をしなければならなかったんでしょうか。

物価がどんどん下落する「デフレ・スパイラル」だったら止めなければならないけれど、日本はせいぜいインフレ率がマイナス1%程度の「微妙なデフレ」だった。

日銀は2013年から異次元緩和を続けてきましたが、結果論からすると、物価には効かなかったし、ひずみがたくさん出ている。為替レートが円安に行きすぎたこともそうだし、みんなの関心や政策上のリソースがデフレ脱却に注ぎ込まれてしまい、実質の経済成長率をあげるようなリアルな経済の面が手薄になったことは問題です。

デフレの問題は「個々の価格が動かなくなったこと」

渡辺 ゆっくりと物価が上がるようになれば、リアルな経済に影響があります。

多くの人は「デフレのコストは大きくない」って言うんだけど、日本では、平均的な物価の上昇率が0とかマイナス1%になったこと以上に、「個々の価格が動かなくなったこと」が問題だった。そこが、僕の考えが、他の人と違う最大のポイントです。

物価とは何か』では、ミクロの価格を蚊に、マクロの物価を蚊柱にたとえていますが、蚊が死んでしまったので、蚊柱の動きも止まったというのが私の理解です。物価安定と見間違えてはいけない。

1990年代前半までは、個々の価格は勝手に動き回っていました。1995年ぐらいから価格上昇率がゼロの商品がぐっと増えてきた。個々の価格の動きが止まってしまったわけです。何十年もかけて起きたわけではなく、数年間のうちにそういう動きが生まれました。

企業は通常、価格を決めるパワーを持っているわけですが、それが奪われてしまった。そうすると企業は、何か新しい商品を作るために投資して、高い価格をつけて儲けることができません。最初からいい商品を作ることをあきらめる。価格をコントロールできない環境では、企業はアグレッシブな行動ができなくなってしまう。

それでも当然、収益を上げなければいけないので、じゃあコストカットとなって、経済がどんどん後ろ向きに回ってしまう。これがデフレの最大の弊害だと思っています。

小幡 個々の価格が動かなくなったのは、私は企業が根性なしだからだと思うわけです。他の国では、いつまでも同じ商品をコストカットで作らず、あの手この手で新製品を出してうまく価格を変えていく。

企業が価格改定力を失ったのは、企業が悪いのか、それとも状況が悪かったのか。状況だとしても、私には、金融政策とは無関係な、産業構造にあると思うのですが。

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