「物価が上がらなければいいのに」と嘆く人たちへ 物価の権威・渡辺努に小幡績が迫る【前編】

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渡辺努(わたなべ つとむ)/東京大学大学院経済学研究科教授。専門は物価と金融政策。ハーバード大学経済学博士(Ph.D.)。株式会社ナウキャスト創業者、技術顧問。1959年生まれ。1982〜1999年日本銀行。一橋大学経済研究所教授などを経て、2011年から現職。著書に『物価とは何か』『世界インフレの謎』など(撮影:梅谷秀司)

渡辺 個々の企業が価格決定力を失ったのは、消費者が「価格は上げないのが当然」だと思っているからだと僕は思う。企業が価格を上げれば、消費者は「価格を上げるのは悪い企業」だと逃げていくし、企業同士でも、他の企業が上げないと思うと、怖くて上げられません。

社会全体が共通の認識として「価格は変わらないもの」と信じてしまっていて、個々の企業が解決できる問題じゃなかったんです。

小幡 私はそれも、消費者の貧乏人根性なんだと思う。いったん価格が上がらない状況にはまり込んだら、企業も消費者もみんなが萎縮した形で均衡しているんだから、マクロの金融政策では抜け出せないでしょう。企業が行動を変えるようなインセンティブを与えるとか、ミクロの政策でないと効かないのでは。

渡辺 僕の考えに賛成か否かはさておくとして、デフレが何らかの弊害をもたらしたか否かは非常に重要な論点です。しかしこの論点はずっとスルーされてきた。この論点に正面から向き合うことなしに、金融緩和の是非を語ることはできません。

実は、2013年に異次元緩和を始めた黒田東彦前総裁も説明したことがないんですよ。僕はこう解釈しました。消費者や価格をつける企業の人たちのマインドを「価格というのは上がるもの」に変えようとしているんだと。

日銀が公表した企業サーベイをみると、今のインフレ経済から過去を振り返って、「デフレの弊害は確かに大きかった」という認識が企業経営者の間に広まっているように思います。

価格が動かないと、資源配分が歪む

小幡 要は、個々の価格が動かないというのは、価格が適正に決まっていない状態ということですよね。価格メカニズムによって資源配分を行うマーケットが非効率であることが問題で、ダイナミズムに欠けている。

渡辺 海外の人にはこの話がなかなか理解されません。こういう説明だと伝わると気づいて、2年前ぐらいから僕が使っているのが、旧ソ連の例です。

旧ソ連の経済システムは価格というシグナルそのものがなく、生産量を割り当てていましたが、やっぱり失敗する。日本では価格はありますが、動いていなければ価格メカニズムがないに等しい。その結果として資源配分が歪んできた。

実はトータルの物価上昇(インフレ)率は1%でも2%でも、5%でもいいんです。平均値が上がるほど、分散(バラツキ)も増します。行きすぎたインフレがなぜいけないのかというと、不確実性が高すぎて資源配分が歪むからです。10%や20%まで上がると明らかに歪みが起きますが、5%ぐらいまでなら、ほとんど歪みが起きないというのが研究結果です。

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