「藤井聡太を"人間"にした男」伊藤匠の背負う宿命 「同世代棋士が無敵の王者を破ったこと」の意味

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今回の伊藤の勝利がもたらしたものはなんだろうか?

「やはり藤井さんも人間で、調子の良し悪しがあり、安心したというのは変ですけど、そういう一面もあるということを感じました。それは元からあったのかもしれませんが、今までは調子が悪いときにしっかり咎められる人があまりいなかった。今回のシリーズは、伊藤さんが藤井さんの人間らしい部分を引き出した印象がありましたね」

これからの将棋界の展望について、前出の森下は言う。

「今回、藤井さんは叡王を奪われましたけど、よほどの天才が現れない限り、4つ、5つのタイトルをつねに持っているような状況が続くと思います。誰が追ってくるか、というのが注目になりますね。

藤井さんは、羽生さんと同じで精神的にすごくタフでラフなんです。そして体力もある。2人とも将棋は理詰めですが、このメンタルによって“喧嘩ファイト”がめちゃめちゃ強い。

将棋も精神的な格闘技であることは間違いないですから、負けてガクッときて、そのまま挫けてしまうこともあれば、いろんな要素で勝とうという気持ちが出てこない場合もある。でも藤井さんも羽生さんも、つねに勝とうという意思が桁外れなんです。将棋界で随一のタフでラフは、この2人に尽きると思います」

自ら陽の光の当たる場所へと出た

かつて文筆家としても活躍した棋士の故・河口俊彦八段は、「僅差だけども永久に勝てない将棋と、大差だけれども逆転する可能性の将棋がある」と書いている。

藤井の将棋の形勢をAIが表す評価値は、緩やかに登り続け、大きな波を迎えることなく終局、勝利へと向かうことが多い。“藤井曲線”と呼ばれるその線は、河口の言葉にあるように、永久に逆転が起きないことを思わせる。これまでトップ棋士が挑んだタイトル戦で、そのような光景を幾度も目にしてきた。

伊藤は藤井の背中をずっと追い続けてきた。2人の距離は“藤井曲線”のように、たとえ僅差であっても、入れ替わることがないように感じられた。だが、巨大な枝葉の影にいた男は、力ずくでその枝を登り、自ら陽の光の当たる場所へと出たのだ。

中学時代には環境に馴染めずに不登校を経験し、進学した高校は将棋の勉強のために1カ月で退学を決めた。学校で友達を作ることもなく孤独な中でも、将棋の勉強を止めた日はなかった。自分を引っ張っているのが、藤井の存在であることにも気づいていた。

これから2人は、大舞台で幾度も戦っていくことになるだろう。伊藤はタイトルを獲った今も、変わることなく将棋漬けの日々を送っている。

伊藤匠
伊藤匠叡王。撮影当時は四段(筆者撮影)
野澤 亘伸 カメラマン/『師弟~棋士たち魂の伝承』著者

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のざわ ひろのぶ / Hironobu Nozawa

1968年栃木県生まれ。上智大学法学部法律学校卒業。1993年より写真週刊誌『FLASH』の専属カメラマンとして活動を開始。主に事件報道、スポーツ、芸能などを取材、撮影。同誌の年間スクープ賞を3度受賞。フリーとしてタレント写真集や雑誌表紙を多数撮影。小学生の頃からの将棋ファンで、著書『師弟 棋士たち魂の伝承』(2018年、光文社)と『少年時代に交わした二つの約束』(2019年、将棋世界)で第31回将棋ペンクラブ大賞を受賞した。ほかに海外取材をまとめた『この世界を知るための大事な質問』(2020年、宝島社)などがある。

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