人の欲求に最大限応え形作られた日本のラブホ 昭和、平成、令和…日本ラブホテルの変遷史

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そんな王様たちに心からの敬意を表したいと思うようになった。何かと世間の風当たりが強いラブホテルだが、日本が誇る至極の文化だと言える。私にとってラブホテルはその方々と触れ合える「逢瀬の間」なのだ。

そうして、私のラブホテルのデザイン記録活動が始まった。対象は、「記憶に残る個性的なラブホテルの部屋」。

ラブホテルに魅了され全国をめぐり、かれこれ6年が経過した。北は北海道の稚内や釧路から南は鹿児島まで、これまで約350カ所ものホテルを訪れた。

元号で変遷を告げるラブホの内装

現在はネットであらゆる情報をみていくことができるが、いろんなホテルの扉を叩いても、必ずしも記憶に残るホテルというのはそうそう簡単には出会えない。

ネットのおかげで、事前にどんな部屋か写真である程度わかるようになったのはありがたいものの、まったく情報が出ていないところも一定数存在する。

そういうホテルはネット草創期よりも前の昭和から平成初期にかけて多い。ネットを使わないオーナーが多いことも影響している。情報のあるなしを含めて気になるところはひたすら門戸を叩くので、当然、費用も時間もかさむ。

行ってみたらビジネスホテルと変わらないような、シンプルで面白味のない部屋だったり、また、先客がいたり、メンテナンス中であったりお目当ての部屋が空いていない、ということもある。改装されて、掲示されていた写真と全然違っていることもある。

閉業したことを知らずに行ってみたら、跡形もなく更地になっていたこともあった。写真展で展示する作品として選ぶホテルは、数多く足を運んだ成果のごく一部、頂点の頂点から選んだものなのだ。

昭和、平成、令和と時代で明確に分類されているわけではないが、「どの世代の人間に合わせて作っているか」であれば、大体の分類分けは可能である。

①和風簡易旅館

旅荘、連れ込み宿(情事のための客を専門に営業する簡易旅館のこと)と呼ばれた時代の名残があるもの。

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旅荘・連れ込み宿と呼ばれた時代の名残を感じる和風簡易旅館(写真・筆者)

畳、襖、木製の座卓、布団があるところまでは普通の旅館と変わらないのだが、違いがあるとすれば、座卓スペースとは別に寝室スペースがあること、事前に布団が敷かれていること。そして、布団の横に襖鏡があることが多い。なお、ティッシュやコンドームなどの衛生用品の用意もある。1950年代から1960年代に多くみられたスタイルなのだろう。

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