その見た目に光源氏が卒倒した「末摘花」の強烈さ 紫式部が突きつける読者自身の心に潜むもの

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ゆるし色のわりなう上白みたる一襲、名残なう黒き袿重ねて、上着には黒貂の皮衣、いと清らにかうばしきを着給へり。古代の故づきたる御装束なれど、なほ若やかなる女の御よそひには、似げなうおどろおどろしき事、いともてはやされたり。
【イザベラ流圧倒的意訳】
薄い紅色の変色してしまったものを重ねた上に、元の色がわからないほどすっかり黒ずんだ袿、香を焚きしめた黒貂の皮衣を着込んでいる。毛皮はかつて貴族の間にはやっていた舶来品のようだが、若い娘が着るような代物では決してないし、なんと言っても目立つ。

ファッションセンスも酷かった!

黒貂の皮衣は、物語が設定されている時代よりひと昔前に男性が着用するスタイルのもので、おそらく末摘花の父親存命時のものだろうと思われる。とにかく若い女性が絶対に身につけないものだったらしい。

このダサくて、イタいファッションは今だったら何になるのだろうか? ボディコンシャスなニットドレスとジャケットスーツとか? ヒョウ柄全開? 逆に全身ハイブランドで固めたファッション? 

……気がつくと、身を乗り出している自分がいる。「末摘花」のページからムンムンと臭ってくる底なしの意地の悪さが移ったと思いたいけれど、残念ながらその腹黒さは私の中にも、姫君のただならぬ容姿を思い浮かべて笑いを堪えている読者の皆の中にも、元からしっかりと備わっている。紫式部はそれを私たちに見せつけているにすぎず、彼女の鋭い眼差しに驚かされるとともに、自らの悪辣さにぞっとさせられるのだ。

そこで、どうしても気になることが1つある。光源氏がもし、私の高い(らしい)鼻を見たら、どう思うだろう、と……。

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イザベラ・ディオニシオ 翻訳家

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Isabella Dionisio

イタリア出身。大学時代より日本文学に親しみ、2005年に来日。お茶の水女子大学大学院修士課程(比較社会文化学日本語日本文学コース)を修了後、イタリア語・英語翻訳者および翻訳コーディネーターとして活躍中。趣味はごろごろしながら本を読むこと、サルサを踊ること。近著に『悩んでもがいて、作家になった彼女たち』。

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