その見た目に光源氏が卒倒した「末摘花」の強烈さ 紫式部が突きつける読者自身の心に潜むもの

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血筋は申し分なく、控えめな性格。音楽を心底愛する、落ちぶれた姫君。古今東西の男たちが好きでたまらない、いわゆる「ダムゼル・イン・ディストレス」(囚われの姫)というイメージが勝手に光源氏の脳裏に浮かぶ。まさに大輔の命婦の狙い通りだ。

そのあと、大輔の命婦は興味をそそられた光源氏を手引きして、ミステリアスな姫とのセッティングの場を設ける。まずは、琴の音色を光源氏に聞かせることになるけれど、男心を知り尽くしている命婦は、ワンフレーズほど弾かせて、すぐに演奏を止める。それは男性に「もっと聞きたい!」と思わせるためであり、ボロが出る前にダメージコントロールするためでもあるのだ。なんて素晴らしい段取り術!

光源氏が「見てしまったもの」

紫式部の周りには、大輔の命婦のような女性はたくさんいたはずだ。そこそこの家柄、社交的な性格、それなりに歌やファッションなどに精通している女房たち。

政略結婚が出世への近道だった平安時代では、彼女らこそ重宝がられる存在だった上に、『源氏物語』の一番の読者だったわけである。大輔の命婦の活躍ぶりに耳を傾けながら、彼女らは仕事に勤しむ自らの姿をそれに重ね合わせて、物語にのめり込んで行っただろう。

ミステリアスな姫に手の込んだ手紙を出しても返事はなかなかこない。それでも光源氏は時々彼女を思い出して、アプローチしてみる。そして雪が激しく降るある夜、2人はやがて契りを交わすことに……。

空が白む頃、光源氏は見るともなしに外の景色を眺める。荒れたボロ邸の庭は、人の踏み開いた跡が一つもなく、真っ白だ。積もった雪は明け方の仄かな光を反射して、周り一面が優しい雰囲気に包まれていく……と雪景色の美しさの余韻に浸っているところで、光源氏が見てしまうのだ。姫君の醜貌を。

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