その見た目に光源氏が卒倒した「末摘花」の強烈さ 紫式部が突きつける読者自身の心に潜むもの

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まづ、居丈の高く、を背長に見え給ふに、「さればよ」と、胸つぶれぬ。うちつぎて、あなかたはと見ゆるものは、御鼻なりけり。ふと目ぞとまる。 普賢菩薩の乗り物と覚ゆ。あさましう高うのびらかに、先の方すこし垂りて色づきたる事、ことのほかにうたてあり。
【イザベラ流圧倒的意訳】
まず、目に入ったのはばかに座高が高いということだ。「やっぱそうだったのか!」とぞっとした。次に、何その鼻!? すごすぎて目が離せない。普賢菩薩が乗っているゾウみたいじゃん! びっくりするほど高くて長くて、先の方がだらんと垂れてそこだけが赤い。

光源氏の視線は女たちの鋭い視線そのもの

『源氏物語』や他の女房文学は「ひらがな」だけの「つづけ字」で書かれていた。写本を翻刻、翻訳した学者や研究者がのちに句読点をつけているので、作者の思い通りではない可能性もある。しかし、この部分の小刻みの切り方は非常に効果的だ。光源氏の目の動きが1つひとつ正確に追うことができるし、過呼吸の発作が起こりそうな気配さえ感じる。

顔色も青白くて、化け物のような馬面、細すぎる肩……光源氏は末摘花の身体を舐め回すように凝視して、目に焼き付けている。髪の毛が立派なのはせめてもの救いだが、それは大海の一滴にすぎない。姫君のとんでもない醜態に光源氏が震えている。

「見えたまふ」や「見ゆる」という語が示すように、これは彼の目に映ったままの姿である。しかし、平安朝の男性は相手の女性をゆっくり吟味する機会はあまりなく、今回の帖に描かれているシチュエーションはわりとまれだ。

光源氏に見せかけて、そこに現れているのは、大輔の命婦と同じように、いつも姫君の周りにいる女たちの鋭い視線なのではないか、と私は疑っている。その「女房寄り」の語り口こそが、彼女らの『源氏物語』への支持を集めたのではないだろうか……とまたして妄想が広がる。

次に点検の対象となるのは、服装だ。

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