福永祐一「調教師への転身」延期して良かった理由 自分に言い訳し、今いる場所から逃げようとしていた
そろそろ調教師を目指して…現実からの逃避
北橋厩舎、瀬戸口厩舎の解散と岩田康誠くんの中央移籍が重なり、自分の限界を感じ始めていた2007年、エイシンドーバーに騎乗した京王杯スプリングカップで、その年初めて重賞を勝つことができた。勝利ジョッキーインタビューで思わず出た言葉が、
「これでもう少しジョッキーを続けられそうです」
周囲はこの発言に驚いたそうで、翌日のスポーツ紙でもかなり大きく取り上げられたが、自分としては冗談でも何でもない、本心だった。
思えば、精神的に最も追い込まれていて、ジョッキーを辞めることも本気で考えていた時期。だからこそ、この勝利に救われた気がしたのだ。
とはいえ、この1勝で一気に霧が晴れたわけではない。ジョッキーとして自分にはもう伸びしろはないと思っていたし、このまま頑張ったところでどうせ一番にはなれないのだから、調教師を目指すという道もそろそろ考えなければ……。そんなことを考えながら、しばらくは悶々とした日々を過ごしていた。
でも、今ならはっきりとわかる。これは明らかに自分への言い訳であり、調教師への転身にしても、つらい現実からの逃避である。傷つきたくないから、傷つく前に自分を守る。こうした一面は子供の頃からあって、それは今でも少なからず残っている。
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