一般的に桑田さんは、海のそばでギターをかき鳴らして曲をつくるイメージがあるかもしれない。しかし、実際は、極限まで考えぬくひとであり、アルバムには収録曲しか作れないと断言していたひとでもある。
録音も、ノリで歌うものではまったくない。1990年にTBSで放送された「すばらしき仲間II」では名曲「真夏の果実」のボーカルを1秒単位で録り直す姿が映っていた。素人の筆者には、テイクによって何が違うかわからないほどの小さな差にこだわり続けた。そのほか、たとえばサザンオールスターズのライブDVDなどを見ても、細部までこだわりつづけスタッフを翻弄させる桑田さんの姿が、これでもか、というほど映っている。
努力をやめず、諦観をもたない
おそらく、こだわったところで出来には1、2%の違いしかないのかもしれない。それに大衆はその違いにすら気づかないのかもしれない。しかし、プロはその1、2%を改善することに命を燃やす。それが積み重なれば、大きな差となるからだ。
たとえば、桑田さんも狙っていた海外進出について、既存の曲を英語で歌えば、という提案には、その安易さを否定している。桑田さんにとって一度つくったものを英語での歌い直しは考えられなかった。なぜならば、海外の生活感を直接体でおぼえて新たな曲を作らねば、真のロックやポップスにはならないからだという。
めちゃくちゃ盛り上がったライブでもかならず、「どうだった? 今日」と不安げに聞いていた。また、その完璧主義者ゆえ、ライブでは完全に再現できないためライブを嫌い、レコーディングが大好きで、ずっと曲をレコーディングしていたいとも述べた。
その姿勢は徹底しており、1990年代なかばには、自分は自閉症気味のところがあるものの、音楽を裏切るわけにはいかないと覚悟を語った。しかし、この姿勢は同時に感動的なほどだ。サザンオールスターズは平均50代以上のメンバーで30曲以上を一度のライブで演奏する。かつて40代のときにも、ライブを手抜きしないと語り、それを実践しているのは驚きだ。
「40歳なりのコンサートがあるって言い分も分かるんだけど、やっぱり自分が見てきた、感じてきた洋楽は10代後半から20代前半で培ったもので、ものすごく大きいから、そういうのをずっと引きずっているんだろうね。(雑誌『月刊カドカワ』1995年1月号)」
ビジネスマンは、大抵の場合「仕事なんてこの程度だろう」と諦観したときに劣化がはじまるのではないか、と筆者は思う。トップランナーがこれだけ努力しているのだから、と筆者は努力をやめず、諦観をもたぬようにしたいと思う。
正確には、「振り返りたくない」のだと思う。サラリーマン上司でもっとも嫌われるのは「俺の若いころは~」から始まる説教だが、そもそもその上司が成長し続けていれば、昔話の必要はない。いや、むしろ、成長を続ければ、かつての自分の仕事が恥ずかしくなってしまうべきではないか。そんなことを桑田さんの発言から学んだ。
無料会員登録はこちら
ログインはこちら