松下幸之助は、「徳育の欠如」を憂えていた 「このままでは、獣の国になるな」

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「けど、このところの日本は、終戦のあの食うに物なく、住むに家なく、働くに職なくという状況ではなくなったな。だんだんとよくなってきて、もう、生活水準も戦前に比べて、ずっと上がってきたばかりではなく、他国に比べても、相当、ええわな。まあ、衣食は足りてきたと言える。

それならば日本人は、それにつれて道義心や礼節というか、道徳やな、それが高まってきたかというと、そうやない。むしろ、低下してきている。日本のよさが失われてきている。衣食足りて、礼節を知るどころか、衣食足りて、ますます礼節乱れるという状況や。このまま、進んでいくなら、きみ、日本は近い将来、必ずや行き詰まってくるわ。

どうして、こうなったんかというと、道徳教育を学校で教えておらんからな。子どもたちは、自分が人間として、やらねばならんことがわからんわけや。また、そういう人が親になるから、親としても、子どもに教えられんわな、自分が教えられておらんから。

このままで行けば、心があかん日本人ばかりになる。まあ、獣の国になるな。なれば、この国は滅びるということになる」

いつの時代も道徳教育が大事

「道徳とか道徳教育と言うと、戦前に戻すのか、軍国主義に戻すのかという人たちもいますね」

「そういう人達がいるな。けど、いつの時代でも、人の踏み行う道は、教え、教育していかんとあかん。戦前がけしからんというけど、道徳があかんかったのと違う。政治家が軍部に負けて、それで戦争になった。その軍部が都合のいいことを道徳として国民に押し付けた、ただそういうことや。道徳が悪いんではない。

そういう軍部のつくった、間違った“道徳”を、今も見分けも付けられず、道徳教育反対というのは、見識のない人や。良いことと悪いことの区別のできん人たちやな。まあ、一般の人が言うならええけど、政治家や指導者にある立場の人が、そういうことを言うなら、政治家の資格、指導者の資格はないわ。そういう人たちは、今の日本の精神的混迷をどう考えておるんやろう」

手元の湯呑みを取り上げて、お茶の飲みながら、

「それに、道徳は精神的なものだけではない。実利にもなる。人としての道が、ピシッと行き届いておったら、事件も起こらんし、交通事故も起こらんし、詐欺も泥棒もないということになるわ。そうしたら、警官の数もそういらんということになれば、それだけ税金も安くなる。

商売でも、約束は守る、相手を思いやる、丁寧に商いする、礼儀正しく振る舞っていくということになれば、信頼のもと、きわめてスムーズに事は運び、コストもあまりかからんということになる。価格も安くなるわね。万引きはありません、盗みませんということになれば、それを織り込んだ価格をつけんでいいから、値段も安くなる。こういうふうに、商売ひとつ考えても道徳が高いか低いかによって、能率もコストも値段も違ってくる。つまり、実利実益がこれによって大いに左右されるということや。

要は、道徳を高めることが、人間性を高めるということだけではなく、日本の国際的な評価を高める、さらには実利実益にも結びつく。道徳は、一挙三得、いや一挙四得、五得にもなるということや。

一度悪い水を飲んだから、水はなんでもあかんと言っておったら、生きていけんのと同じや。愚かなことや」

江口 克彦 一般財団法人東アジア情勢研究会理事長、台北駐日経済文化代表処顧問

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えぐち かつひこ / Katsuhiko Eguchi

1940年名古屋市生まれ。愛知県立瑞陵高校、慶應義塾大学法学部政治学科卒。政治学士、経済博士(中央大学)。参議院議員、PHP総合研究所社長、松下電器産業株式会社理事、内閣官房道州制ビジョン懇談会座長など歴任。著書多数。故・松下幸之助氏の直弟子とも側近とも言われている。23年間、ほとんど毎日、毎晩、松下氏と語り合い、直接、指導を受けた松下幸之助思想の伝承者であり、継承者。松下氏の言葉を伝えるだけでなく、その心を伝える講演、著作は定評がある。現在も講演に執筆に精力的に活動。

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