「はい論破!」で損をする人が知らない議論の極意 話し合いがいつも「水掛け論」に陥る根本原因

「はい、論破」という子どもたち
以前、テレビを見ていたら「『はい、論破』と言い負かす小学生が増えている」というニュースが流れていた。インタビューでは、論破されたお母さんたちが「なんでこんな言い方になるのかな」と怒っている。
しかし意見が対立すると、自分の主張を一方的に言い続けるだけの水掛け論が展開されることが世の中では多い。たとえば「はい、論破」と言われたお母さんは、こうなったりする。
母親「『はい論破』なんて、言っちゃいけません!」
息子「なんで? 理屈で考えちゃだめなの?」
母親「そういうのは『理屈』って言わないの。『屁理屈』っていうのよ」
息子「『理屈』と『屁理屈』の違いって、いったい何なの?」
母親「………。いい加減にしなさい!」
この場合、母親は息子の考えを理解せずに自分の考えを押しつけようとしている。ビジネスでも同じことが起こっている。
部下「はい。ちゃんと応えたんですが……。」
上司「応えたつもりになっていて、全部聞き出せてないんじゃないの?」
部下「はぁ……」
上司「これからは、ちゃんとお客さんの要望をしっかり掴もうよ」
この場合、上司は「お客の要望に応えることが、唯一絶対の方法」という自分の信念を部下に押しつけている。両方とも「水掛け論」の議論だ。こんな「論破」を目的とした議論から何か新しいモノを生み出すことは難しい。では、どうすればいいのか。
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