「はい論破!」で損をする人が知らない議論の極意 話し合いがいつも「水掛け論」に陥る根本原因

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主張をぶつけ合うのは議論ではない。主張を聞き届け、互いの矛盾点を指摘し合うのが、本来の議論だ。たとえば「はい、論破」と言われたお母さんだと、こうなる。

息子「はい、論破」
母親「なんで『はい、論破』って言うの?」
息子「学校で流行ってるんだよ。みんな言ってるよ」
母親「そうなのね。『はい、論破』って言われたら、あなたどう思う?」
息子「うーん。ホントは、何かイヤーな感じがするんだよね」
母親「なんでイヤな感じがするのかな?」
息子「何かバカにされている感じがするんだよね……」

この場合、母親は息子に質問を投げかけて、彼の考えを理解しようとしている。この結果、対話が深まり、息子は「論破するとバカにされてイヤな感じがするのかも……」という新たな知を発見している。これはソクラテスの問答法を実践した例だ。

このように「自分は知らない」ことを自覚して、謙虚に問い続けて、学び続ける姿勢がソクラテスの問答法なのだ。ビジネスも同じだ。

上司「A社案件、失注したね。理由はなんでだろう?」
部下「実は受注したライバルは、お客さんの要望なんて聞いてないんですよ」
上司「へぇ。要望を聞いていないのに何で受注したのかな?」
部下「お客さんが気づいていない課題を指摘することに、お客さんが満足して決めたんです」
上司「そんなやり方があるのか。ウチはどうすればいいんだろう?」
部下「うーん。私たちの営業のやり方、見直す必要があるかもしれませんね」

この場合、上司は部下から「ライバルの新しい営業スタイル」という新たな知を学んでいる。これをきっかけに自社の営業スタイルをレベルアップして、受注率を向上できる可能性もある。

ソクラテス哲学と心理的安全性

ビジネスでの実例を紹介しよう。『トイ・ストーリー』などのフルCG長編アニメ映画でヒットを連発する映像制作会社ピクサーは、どの作品も最初のバージョンは駄作だという。駄作をヒット映画に変える仕組みが同社の「ブレイン・トラスト・ミーティング」という会議だ。映画制作中、数カ月ごとに関係者が集まり、直近につくったシーンを観て評価し、忌憚のない意見を監督に伝え創造的な解決を手伝うのだ。ただし、ミーティングには3つのルールがある。

① 建設的なフィードバック:批判者は、個人でなくプロジェクトに意見する。監督は喜んで批判に耳を傾けることが奨励されている。

② 相手には強制しない:意見の採用・却下は、監督が最終責任を持つ

③ 共感の精神:フィードバックの目的は「粗探しで恥をかかせる」ことではなく、作品を改善することだ。

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この会議の狙いは、誠実で正直なフィードバックを繰り返し行うことだ(なお以上は、組織行動学者エイミー・C・エドモンドソンが著書『恐れのない組織』(英治出版)で「組織のメンバーが安心してなんでも言えて、活発に議論できる心理的安全性が高い組織」として紹介した事例である)。

このように現代の「心理的安全性が高い組織」が共通して持つ価値観の原点も、ソクラテス流の「自分は知らないと自覚すること」なのだ。

このように「自分は知らないという自覚」の大切さを教えてくれるソクラテス哲学は、現代のあらゆる人にとって学ぶべき基本的な教養なのである。

永井 孝尚 マーケティング戦略コンサルタント

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ながい たかひさ / Takahisa Nagai

慶應義塾大学工学部を卒業後、日本IBMの戦略マーケティングマネージャー、人材育成責任者などを経て、2013年退社。同年、多摩大学大学院客員教授を担当。マーケティング戦略思考を日本に根づかせるため、ウォンツアンドバリュー株式会社を設立。多くの企業・団体へ戦略策定支援を行う一方、毎年2000人以上に講演や研修を提供。2020年からはオンライン「永井経営塾」主宰。著書に60万部超『100円のコーラを1000円で売る方法』シリーズ、15万部超『世界のエリートが学んでいるMBA必読書50冊を1冊にまとめてみた』シリーズ(すべてKADOKAWA)など。著書累計は100万部超。

オフィシャルサイト

X(旧Twitter) @takahisanagai

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