「人の本性は悪」ではない!「性悪説」の正しい意味 荀子の真意は「人間にはルールと恩賞が必要」

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荀子は、「君主は舟で人民は水である。水は舟を載せるし覆しもする」と言ったように、ルールにのっとって動く、一人ひとりの人間の意欲と力を重視した。

したがって、ちょうど治水事業によって河川を穏やかにし、農業や水運に使うように、君主はルールによる社会教育で、それぞれ異なった快楽や利益をもとめる人間を、一つにまとめていかねばならないのである。

ルールの前に恩賞を

だが、人間が快楽と利益を求める限り、彼らが進んで一つの方向を向くには、ルールだけでは足りず、恩賞を与えることで、ルールに従うことが快楽や利益につながると思わせねばならない。

全ての人々に行き渡る最大の恩賞とは、恒久的な収入上昇である。最低限の生活に不足がなく、ちょっとした贅沢ができるような収入を保証し続ければ、大多数の人々は喜んでルールに従おうとする。

荀子は当時の生活必需品と贅沢品を列挙し、それがみなに行き渡る方法について、執拗なほど詳細に述べているが、それは人々の意欲を引き出し、その力をまとめあげるために、極めて重要だったからである。

つまり、ルールと恩賞がかみあって、はじめて人々の力にベクトルが発生し、社会が回り出す。これが本当の性悪説である。

これをビジネスや政治にあてはめると、ガバナンスやコンプライアンス、法令や政令を整備するのはもちろん大事な仕事である。しかし、それに比例して、末端の社員や大多数の中間層に、手厚い福利厚生や賃金上昇を保証しないのは、無理な河幅や分岐を設定するようなものである。これでは水が涸れ、あらぬ方向に氾濫してしまうように、人々の意欲は減退し、生産性は地滑り的に低下するであろう。

こういうときは、むしろ受け取る側がびっくりするくらいの利益を与え、彼らのやる気を引き出してから、あらためてルール設定を徹底したほうが、組織の安定と活性化につながる。これが性悪説の活用法である。

大場 一央 中国思想・日本思想研究者、早稲田大学非常勤講師

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おおば かずお / Kazuo Oba

1979年、札幌市生まれ。早稲田大学教育学部教育学科教育学専修卒業。早稲田大学大学院文学研究科東洋哲学専攻博士後期課程単位取得退学。博士(文学)。現在、早稲田大学、明治大学、国士舘大学などで非常勤講師を務める。専門は王陽明研究を中心とする中国近世思想、水戸学研究を中心とする日本近世思想。著書に『心即理―王陽明前期思想の研究』(汲古書院)、『近代日本の学術と陽明学』(共著、長久出版社)などがある。

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