佐野史郎、2021年は大病患い「もう駄目だ」と思った コロナ禍に多発性骨髄腫を発症…彼が今語ること
── この写真展で、改めて写真について気づいたことは他にありますか。
佐野:自分の精神がそこに写ってしまうというのが写真の魅力でもあり、恐さですね。それは、演技も同じですけれど。いくら口先で「人間は誰もが平等だ」とか「人間だけが素晴らしいわけではない」と言っても、シャッターを切ると、実は心の深層部分ではそう考えていないというのが、写真に如実に表れてしまう。自分の中にあるそういう傲慢さに気づかされたり、「お前、実はそうじゃないだろう」と突きつけられかねない恐ろしさが、写真にはあります。
自分は他人。確固たる自分なんてありはしない
── 今回は、セルフポートレートも撮っていらっしゃいますね。
佐野:僕は常々、「自分は他人だ。自分を自分と思うな。自分というのが自分だけで存在しているわけではないんだからな」と、自らに言い続けていて、そこは相当気をつけているつもりです。「自分はあくまで道具なんだ。確固たる自分というものがあるなんていう勘違いをするなよ」と。
例えば俳優の仕事でいえば、プロデューサーが決めたプロットがあって、この自分の身体があって、セリフを話す。写真であれば被写体があって、カメラがあって、それを撮る。そういう均等な関係性の中で、他人や周りの環境と反応した時に現象が起きるだけであって、この身体や機能を自分でどう使うか、コントロールするかというのを演技をする時も、写真を撮る時も気をつけているんです。
そんな自分がセルフポートレートを撮るというのは、自分という他人、他人という自分という矛盾と向き合わなければならない。それでも撮らずにはいられないというのは、根っこにとんでもない、マグマのような自己愛がやっぱりあるんじゃないかと思いますね。
── 今回は彫刻の森などを1年にわたって撮った写真と、「佐野史郎写真史」と題してご自身のルーツを辿る写真が展示されています。
佐野:写真展をやるなら、なぜ僕が写真を撮るのかわかるような構成にしてほしいという依頼が美術館側からあったんです。松江の実家は明治初期から残る古民家なので、百年前からの写真や父が撮った写真もたくさんが残されていて。そうした写真を並べて個人史を辿ると自然、古代史まで遡らざるを得なかった。
出雲大社は1300年前に国譲りの物語があるし、武士の時代も外圧によって終わり、明治新政府が誕生し、日清日露戦争や太平洋戦争があって、現在も特に東日本大震災以降、原発事故への対応などグローバル社会によって動かざるを得ない。国の成り立ちやそこに暮らす人たちとの関係など、すべて構造としては同じなんだと、改めて感じたんですね。