社長・前田敦子が語る「私と仕事とお金と子育て」

「日々成長していくわが子に負けていられない」

独立して自身の会社の社長を務める前田敦子さん(撮影:今井康一、スタイリスト:清水けい子(アレンジメント K)、ヘアメイク/菊地弥生(ひつじ))
最近、芸能事務所から独立する俳優やタレントが増えている。前田敦子さんもそのひとり。昨年、AKB48時代から所属していた太田プロダクションから独立し、現在は自身の会社の社長をつとめている。請求書も作成していると言い、そういう事務仕事も楽しんでいるとか。俳優、事務仕事、そのうえ、子育てもやっているのだからそのパワフルさに驚くが、日に日に成長していく子どもに負けたくないとガッツを見せた。子どもにもライバル心を抱きエネルギーに変えていく前田敦子さんの“今”を聞くインタビュー。前編は“前田敦子の欲望”について、です。

前田敦子の経済観念

――初めてお給料をもらった時はいつですか。

中学2年のとき、AKB48の活動によるものが初めてですね。だからアルバイトをしたことがないんです。一度はアルバイト経験をしてみたかったですね。確か、15歳になると働けるんですよね。でもその前にAKB48に入ったので経験できないまま今に至ります。初任給をもらった時はうれしかったです。わずか数万円でしたけれど。そう、最初は数万円だったんですよ。

――それって何に使われたか覚えています?

洋服を買いに行きました。その時流行っていたLIZ LISAというブランドで、渋谷のマルキューに母と買いに行きました。この話をすると、フリフリ系のLIZ LISAを着ているイメージがない、意外と言われますが、私も“女の子”でいたい時期があったんですよね。当時、女の子が一度は通るブランドだったからそれを身に着けてみたかったんです。

――その後、どんどんキャリアアップしていかれました。思いきってお金を使った経験は何かありますか?

大きなお買い物をしたことはあります。自分にではなく両親へのプレゼントです。

――親孝行ですね。

両親には感謝しています。芸能活動が忙しくなったとき、無理を言って千葉の実家から一緒に東京に出てきてもらったんです。19歳の時でした。それまでは東京まで車で片道40分以上かかっていたため、常々事務所の社長に東京に引っ越すように説得されたのですが、「1人で行きたくないです」とごねて家族で大移動してもらったんですよ。

でも東京は物価が高くて、千葉にいたら安く買えるものが「やっぱり都内だと高いわ」とため息をつく母には「ごめ〜ん」といつも思っていました(笑)。私のために気の進まない都会に出てきてくれた両親にお返しができたときはなんだかちょっと晴れがましい気持ちになりました。

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