ドムドム社長「39歳で初めての就職先」は"ギャルの聖地"。議員の夫を支える主婦、人生の岐路で飛び込んだ新しい世界

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109で働いていた頃の藤崎さん
左/筆者が39歳で初めて就職したのは渋谷109のアパレルショップ。当時の同僚たちと(写真:筆者提供) 右/ドムドムフードサービス代表を務める現在(写真:ドムドムフードサービス・プレスリリースより)
業績低迷に苦しみ、一時は“絶滅危惧種”とも言われるほど店舗数が激減していた「ドムドムハンバーガー」を黒字に転換させ、一躍、その手腕が大きく評価された藤崎忍社長。注目を集めたのはその経歴です。
短大卒業後、区議会議員の男性と結婚。主婦として子育てなどに奔走していた、39歳の時に夫が病に倒れ、生活のために就活をして渋谷109のアパレルショップに就職……というところから始まるキャリア。当時の様子を藤崎さんの著書「『39歳、初就職。』から一部を抜粋し、ご紹介します。

夫の落選と闘病…直面した人生の岐路

短大を卒業した21歳の年に、私は12歳上の夫と結婚しました。夫は墨田区議会議員選挙に当選するやいなや、父の元に結婚の申し込みに来てくれたのです。3年後には息子を授かり、家事と育児に追われながら夫のサポートに努め、平穏な日々が流れていました。

そんな暮らしが崩れ始めたのは、私が36歳のときでした。当時48歳だった夫に重度の病が発覚したのです。ある日、足の親指にできた水ぶくれがベロッと剥がれ落ちました。靴擦れではないのになぜ……? 嫌な予感がして、何事もなく会合に行こうとする夫を説得して、病院に同行しました。

結果は重度の糖尿病による皮膚の壊死。即入院となり、足首切断の可能性もあるような状況でした。夫は年中無休、朝から晩まで働く仕事人間で、皮膚の変化や視力の低下、倦怠感などの不調も、健康診断の結果も、私には隠していたのです。

私は、彼の体調管理に心を配れていなかったことを深く反省しました。入院や手術、通院を続け、ありがたいことに夫の体調は回復し、翌年の選挙でも当選を果たしました。

病気を忘れるほど意欲的に活動し、2年後には都議会議員選挙に挑戦するほど元気を取り戻しました。しかしそこで、わずか700票差の次点で落選してしまったのです。

落選後の候補者の家庭は、少ない睡眠時間で選挙戦を走り抜けたとてつもない疲労感と、やり場のない悔しさ、悲しみ、無力感が溜まった場所になります。

私の父も都議会選挙で敗れた経験があったため、そのつらさは身に染みていました。冷静さを失った私は「なんであのときああしなかったの!」と夫を責めてしまいました。何を言っても状況は変わらないとわかっていながら、やり場のない感情を吐き出さずにはいられなかったのです。

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